Q&A

法人税制一般

 

ヘッジ取引を適格分割により移転する場合の取扱い

※T&Amaster(ロータス21)2013.06.17  No.503に掲載

 当社は、適格分割により、子会社に資産・負債とデリバティブ取引を移転することを考えています。この資産の中には、為替・金利リスクのあるものが含まれているため、デリバティブ取引によってこれらのリスクをヘッジしています。


 分割によって移転する予定のデリバティブ取引の中には、このようにヘッジ取引として行ったものとそれ以外のものとがありますが、ヘッジ取引として行ったものに関しては、税制上も、繰延ヘッジ処理を行ってきました。


 近時は、為替や金利の変動が非常に大きくなっており、分割によって移転する際の税制上の取扱いの如何によって大きな影響が出てくることとなるわけですが、法令の規定を読んでも、その取扱いがよく分かりません。特に、税制上、デリバティブ取引を「資産」「負債」と考えて関係法令の規定を解釈することになるのか否かというところがよく分からないのですが、この点を含めて取扱いをご教授下さい。

 

要 旨

【マエストロの解説】

 

1 組織再編成によって移転する「資産」「負債」の範囲


 法人税は、法人の所得の金額に担税力を認めて税の負担を求める税であり、法人税法は、基本的には、法人の所得の金額と税額を計算することを主目的とするものと考えてよい。 このため、法人税法においては、所得の金額の計算に必要となる益金の額と損金の額に関する事項に関しては、細かく規定が設けられている。


 しかし、資産や負債に関する事項に関しては、所得の金額の計算のために必要となる最低限の規定が設けられているのみである。


 このため、法人税法の規定においては、「資産」や「負債」の範囲をどのように捉えるべきかということが問題となることがある。


 この点に関しては、「資産」や「負債」という用語を用いている各規定の趣旨を正しく捉えた上で適切に解釈することが必要となる。


 適格分割型分割の場合に分割法人から分割承継法人に移転する「資産」や「負債」に関しては、法人税法62条の2第2項(適格合併及び適格分割型分割による資産等の帳簿価額による引継ぎ)において、次のように規定されている。


 「 内国法人が適格分割型分割により分割承継法人にその有する資産及び負債の移転
   をしたときは、前条第1項の規定にかかわらず、当該分割承継法人に当該移転をし
   た資産及び負債の当該適格分割型分割の直前の帳簿価額による引継ぎをしたものと
   して、当該内国法人の各事業年度の所得の金額を計算する。」


 この法人税法62条の2第2項において「前条第1項」とされているのは、62条1項(合併及び分割による資産等の時価による譲渡)であるが、同項は、次のとおりである。


 「第62条 内国法人が合併又は分割により合併法人又は分割承継法人にその有する資産
   及び負債の移転をしたときは、当該合併法人又は分割承継法人に当該移転をした資
   産及び負債の当該合併又は分割の時の価額による譲渡をしたものとして、当該内国
   法人の各事業年度の所得の金額を計算する。この場合においては、当該合併により
   当該資産及び負債の移転をした当該内国法人(資本又は出資を有しないものを除
   く。)は、当該合併法人から新株等(当該合併法人が当該合併により交付した当該
   合併法人の株式(出資を含む。以下この項及び次条において同じ。)その他の資産
   (第24条第2項(配当等の額とみなす金額)に規定する場合において同項の規定
   により同項に規定する株式割当等を受けたものとみなされる当該合併法人の株式その
   他の資産を含む。)をいう。)をその時の価額により取得し、直ちに当該新株等を
   当該内国法人の株主等に交付したものとする。」


 この法人税法62条1項においては、合併における「資産」「負債」の移転の対価が合併法人の交付する新株等とされており、その新株等の時価がその「資産」「負債」の移転の対価の額とされている(注)。


 (注)平成18年度改正前においては、分割に関しても、合併と同様に、法人税法62条1
  項後段において、「資産」「負債」の移転の対価として分割承継法人から新株等の交付
  を受ける旨の定めが設けられていたが、会社法において、人的分割が廃止されて物的
  分割に統一されたことを受けて、分割に関してはその旨の定めを存置する必要がない、
  という理由によって削除されて現在に至っている。改めて言うまでもないが、この改
  正は、分割による「資産」「負債」の移転の対価が分割承継法人の新株等でないとした
  ものではなく、その移転の対価が分割承継法人の新株等であるという点に変更はない。


 合併や分割に際し、「資産」「負債」の移転の対価として交付される新株等の金額がどのような金額であるのかということを考えてみると、当然のことながら、その合併や分割によって移転するものの中にオフバランスの「資産」「負債」に相当するものがある場合には、その相当するものも含めて時価評価した金額となっているはずである。


 このような点からも分かるとおり、上記の法人税法62条1項や62条の2第2項の規定中の合併や分割による「資産及び負債の移転」には、合併や分割によって移転するオフバランスの「資産」「負債」に相当するものの移転も含まれる、と解する必要がある。


 この法人税法62条1項や62条の2第2項の規定だけでなく、他の組織再編成に係る法人税法の規定に関しても、組織再編成税制が創設された平成13年度改正の時から、組織再編成によって移転するとされている「資産」「負債」にはオフバランスの「資産」「負債」に相当するものも含まれるという前提に立って定めが設けられてきた。


 ご質問のデリバティブ取引は、この組織再編成によって移転するオフバランスの「資産」「負債」に相当するものの典型と考えてよい。

 

2 適格分割によって移転するデリバティブ取引の取扱い


 平成22年度改正により、適格分割等によりデリバティブ取引を移転する場合の取扱いとして、次のとおり、法人税法61条の5第2項(デリバティブ取引に係る利益相当額又は損失相当額の益金又は損金算入等)が設けられている。


 「 内国法人が適格分割、適格現物出資又は適格現物分配(適格現物分配にあつては、
   残余財産の全部の分配を除く。以下この項において「適格分割等」という。)によ
   り分割承継法人、被現物出資法人又は被現物分配法人にデリバティブ取引(為替予
   約取引等を除く。)に係る契約を移転する場合には、当該適格分割等の日の前日を
   事業年度終了の日とした場合に前項の規定により計算される当該デリバティブ取引
   に係るみなし決済損益額に相当する金額は、当該適格分割等の日の属する事業年度
   の所得の金額の計算上、益金の額又は損金の額に算入する。」


 上記引用のとおり、法人税法61条の5第2項においては、分割が分割型分割であるのか分社型分割であるのかを区別せず、適格分割の全てについて、デリバティブ取引を分割法人から分割承継法人に移転した場合には、事業年度が終了した場合と同様に、みなし決済損益額を益金の額又は損金の額に算入することとしている。


 平成22年度改正前は、分割型分割に関しては、それが「部分合併」という性格を有していること、分割法人の利益積立金額を分割承継法人に引き継ぐためにその金額を確定させなければならないことなどから、合併と同様に、みなし事業年度が設けられていた。


 しかし、平成22年度改正においては、この分割型分割におけるみなし事業年度を廃止している(注)。


 (注)この分割型分割におけるみなし事業年度の廃止の理由に関しては、次のように解説さ
  れている。


 「 平成18年度改正で資本金等の額の意義が「法人が株主等から出資を受けた金額」
  (法法2十六)と明らかにされたことからすれば、株主等から出資を受ける行為で
  ない場合には資本金等の額は増加させないこと、及び将来利益の払戻しはありうる
  が将来資本の払戻しはありえないこととなり、この考え方を踏まえ、資本の部の引
  継額の計算のあり方を考えると、まず資本金等の額の引継額を計算し、移転純資産
  の帳簿価額から資本金等の額を減算した金額を利益積立金額の引継額とすることが
  適当であると考えられます。そこで、このみなし事業年度を廃止し、適格分割型分
  割が行われた場合の利益積立金額及び資本金等の額の引継額は、先に資本金等の額
  の引継額を計算する構成とされました。」(財務省『平成22年度税制改正の解説』
  297・298頁)


  ただし、この解説は、その内容と論理に多分に疑問があり、一般には首肯され難いも
 のと思われる。


 この平成22年度改正の分割型分割におけるみなし事業年度の廃止に際し、分割型分割だけでなく、分社型分割に関しても、みなし事業年度を設けた場合と同様に、移転するデリバティブ取引について、みなし決済損益を益金の額又は損金の額に算入して、その含み益と含み損を分割法人の所得の金額の計算に含めた上で、分割承継法人に移転することとされたわけである(注)。


(注)税制においては、「適格」とする組織再編成は、従前の課税関係をそのまま継続させ
  るべきものとされているため、移転する資産・負債の含み益又は含み損を益金の額又
  は損金の額に計上させずに移転の処理を行うことが基本となる。平成22年度改正にお
  いて、みなし事業年度を廃止しながら、分社型分割を含めて、移転するデリバティブ
  取引のみなし決済損益を分割法人の益金の額又は損金の額に計上させることとした理
  論的な根拠は、明確ではない。


 このため、適格分割によってデリバティブ取引を移転する場合には、分割法人において、事業年度終了の時と同様に、みなし決済損益を益金の額又は損金の額に算入し、その後に、デリバティブ取引を分割承継法人に移転することとなる。


 一方、適格分割によってデリバティブ取引の移転を受ける分割承継法人においては、前事業年度終了の時にみなし決済損益を益金の額又は損金の額に算入した場合と同様に、分割法人において益金の額又は損金の額に算入した金額に相当する金額をその適格分割の日の属する事業年度において損金の額又は益金の額に算入することとなる(法令120②)。


 このように、適格分割によってデリバティブ取引を移転するという場合には、事業年度終了の時と同様の処理を行うこととなるわけであるが、このような処理を行うということになると、損益勘定の相手勘定となるものの処理がどのようになるのかという疑問が湧いてくるものと思われる。


 法人税法においては、デリバティブ取引のみなし決済損益の処理に関する定めは設けられているが、その相手勘定となるものの処理に関する定めは設けられていない。


 これは、税制においては、デリバティブ取引について、「資産」「負債」と捉えるのではなく、契約によって成立する「取引」と捉えていることに基因するものである。


 デリバティブ取引のみなし決済損益を事業年度終了の時に益金の額又は損金の額に算入し、その翌事業年度においてその益金の額又は損金の額に算入した金額に相当する金額を損金の額又は益金の額に算入するということになると、自ずと、そのみなし決済損益の繰延べと戻入れを行うために「デリバティブ資産」「デリバティブ負債」というような相手勘定が必要となるが、法人税法においては、このような「デリバティブ資産」「デリバティブ負債」というようなものは、単にみなし決済損益の繰延べと戻入れを行うための手法として必要となるもの、と理解されている。


 上記1において述べたとおり、分割によって移転するものにはオフバランスの「資産」「負債」に相当するものが含まれており、デリバティブ取引も他の契約等と同様に、分割によって移転することとなるが、上記の「デリバティブ資産」「デリバティブ負債」というようなものがこのオフバランスの「資産」「負債」に相当するものに該当するというわけではない。この点は、これらの二つの金額に着目すると、容易に理解することができる。すなわち、上記の「デリバティブ資産」「デリバティブ負債」というようなものは、デリバティブ取引のみなし決済損益の額の如何によってその金額が自動的に決まるものであるが、このみなし決済損益の額は、分割法人と分割承継法人との間においてそのデリバティブ取引の移転の対価の額として妥当な金額と認識される金額と同額となっているとは限らない。

 

3 適格分割によって移転するヘッジ手段のデリバティブ取引の取扱い>


 適格分割によって移転するデリバティブ取引がヘッジ手段となっている場合の取扱いは、ヘッジ処理の取扱いと上記2の適格分割によって移転するデリバティブ取引の取扱いの双方を踏まえて考える必要がある。

 

(1)法人税法におけるヘッジ処理の取扱い


 法人税法においては、デリバティブ取引がヘッジ手段として用いられている場合には、デリバティブ取引のみなし決済損益を益金の額又は損金の額に計上させずに繰り延べてヘッジ対象の含み損又は含み益が損金の額又は益金の額として計上される時期に益金の額又は損金の額に計上させる処理(繰延ヘッジ処理)とデリバティブ取引のみなし決済損益を益金の額又は損金の額に計上させるとともにヘッジ対象の含み損又は含み益を損金の額又は益金の額に計上させる処理(時価ヘッジ処理)のいずれかを採ることができることとされている(法法61の6、61の7)。


 本稿においては、デリバティブ取引のみなし決済損益を益金の額又は損金の額に計上させずに繰り延べる繰延ヘッジ処理を前提として、以下の解説を行うこととする。

 

(2)適格分割によってヘッジ対象とヘッジ手段のデリバティブ取引とが移転する場
  合の取扱い

 

 ① 分割法人


 適格分割によってヘッジ対象とヘッジ手段のデリバティブ取引を移転する場合には、その適格分割の直前に有効性判定を行うことが必要となる。


 この有効性判定においてヘッジが有効とされた場合には、繰り延べることとなるみなし決済損益の額は、益金の額又は損金の額として計上せず(法法61の6②、法令121①)、含み益又は含み損の状態で分割承継法人に引き継ぐこととなる。


 改めて言うまでもないが、分割法人の分割事業年度の翌事業年度においては、この分割承継法人に引き継がれた金額の戻入処理が行われることはない(法令121の5②括弧書き)。

 

 ② 分割承継法人


 適格分割によってヘッジ対象とヘッジ手段のデリバティブ取引を分割法人から分割承継法人に移転する場合には、ヘッジ処理を分割法人から分割承継法人に引き継ぐ状態とする措置が講じられている。


 適格分割により、分割承継法人がヘッジ対象と共にヘッジ手段のデリバティブ取引の移転を受ける場合には、その分割承継法人は、そのデリバティブ取引に係る帳簿要件を満たしているものとみなされる(法法61の6③)。


 また、分割承継法人が適格分割後に繰り延べる金額を計算するに当っては、分割法人において行った直近の有効性判定におけるデリバティブ取引の利益額又は損失額を用いることとされている(法令121の3④括弧書き)。


 ところで、平成18年度改正において、次のような法人税法施行令121条の5第4項の規定が新たに設けられており、同項の規定上は、適格分割によって繰延ヘッジ処理のヘッジ手段となっているデリバティブ取引を移転した場合には、同項の規定の適用を受けることとなっている。


 「 内国法人が法第61条の6第1項又は第2項の規定の適用を受ける場合には、これ
   らの規定により益金の額又は損金の額に算入されなかつた金額に相当する金額は、
   当該内国法人の同条第1項の規定の適用を受ける事業年度終了の時の負債若しくは
   資産の帳簿価額又は同条第2項に規定する適格分割等により同項に規定する分割承
   継法人等に移転する負債若しくは資産のその移転の直前の帳簿価額に含まれるもの
   として、当該内国法人及び分割承継法人等の各事業年度の所得の金額を計算する。」


 しかし、法人税法における繰延ヘッジ処理においては、企業会計における繰延ヘッジ処理とは異なって、繰り延べるみなし決済損益の額を益金の額や損金の額に計上したり、「デリバティブ資産」や「デリバティブ負債」というようなものを資産や負債に計上することはない。


 このため、適格分割によって繰延ヘッジ処理のヘッジ手段となっているデリバティブ取引を移転する場合には、上記の法人税法施行令121条の5第4項の規定を考慮する必要はない。


 「法第61条の6第2項の規定により益金の額又は損金の額に算入されなかった金額に相当する金額」が「適格分割により分割承継法人に移転する負債若しくは資産のその移転の直前の帳簿価額に含まれるものとして、分割法人及び分割承継法人の各事業年度の所得の金額を計算する」という規定は、法人税における繰延ヘッジ処理の取扱いを企業会計における取扱いと同様と誤認したもの(注)と言わざるを得ない。


(注)法人税法施行令121条の5第4項の創設理由に関しては、次のように説明されている。


 「 会社法及び企業会計では、「資本の部」に代え、従来の資本の部に新株予約権、繰延
  ヘッジ損益、為替換算調整勘定及び少数株主持分を加えた「純資産の部」を導入するこ
  ととされました。しかし、法人税法では、株主の拠出部分と課税済利益の留保部分が資
  本の部を構成するという考え方を維持することとされています。したがって、会社法・
  企業会計との間に差異が生ずる部分について、新株予約権は純資産の計算上負債に含ま
  れること(法令8①十六イ等)及び繰延ヘッジ損益の額は資産又は負債の帳簿価額に含
  まれること(法令121の5④)が明示されました。」(財務省『平成18年度税制改正の
  解説』245・246頁)