Q&A

組織再編税制

 

企業支配権を認識するべき場合等の有利発行の判定

※T&Amaster(ロータス21)2013.02.18  No.487に掲載

 当社は、この度、発行済株式の20%を保有している法人への増資に応ずるか否かを検討していますが、税制上の有利発行の取扱いの判定基準がよく分からず、困っています。


 増資の規模を大きくする案では、増資新株の価額は純資産価額に基づく金額よりも高く設定されており、増資の規模を小さくする案では、増資新株の価額は純資産価額に基づく金額よりも低く設定されています。


 法人税法施行令119条1項4号(有利発行の場合の有価証券の取得価額)においては、有利発行の場合には、有価証券の取得価額を「払い込むべき金銭の額又は給付すべき金銭以外の資産の価額を定める時におけるその有価証券の取得のために通常要する価額」とすることとされていますが、この価額が純資産価額に基づく金額でなければならないとすると、増資の規模を小さくする案では有利発行の問題が出てこざるを得ないように思われます 。


 この法人税法施行令119条1項4号の「払い込むべき金銭の額又は給付すべき金銭以外の資産の価額を定める時におけるその有価証券の取得のために通常要する価額」はどのような金額であるのかということについて、ご教授をお願い致します。

 

要 旨

【マエストロの解説】

 

 法人の増資によって取得する株式が有利発行によって取得したものということになるのか否かということを判定する基準となる法人税法施行令119条1項4号の「払い込むべき金銭の額又は給付すべき金銭以外の資産の価額を定める時におけるその有価証券の取得のために通常要する価額」(以下、「判定時時価」という。)は、増資前の株式の保有状況や増資の規模等によって変わることとなる。


 判定時時価は増資が行われる場合のその増資新株の時価を示すものであり、企業支配権がいずれの株主にあるのかということが問題となる法人の場合には、増資を行う法人の企業支配権の対価の額を考慮して判定時時価を計算する必要がある。


 貴社の場合には、増資の規模の違いによって増資新株の価額に違いが出ているとのことであるが、これは企業支配権の移転の有無等によるものと考えられる。


 増資が企業支配権の移転を伴う規模のものとなるのであれば、判定時時価は、その法人の純資産価額を発行済株式数で除して得た1株当たりの金額に持ち株数を乗じて得た金額(以下、「純資産価額方式によって計算した株価金額」という。)を超える金額となり、増資の規模がその法人の企業支配権の移転を伴わない規模のものとなるのであれば、判定時時価は、純資産価額方式によって計算した株価金額以下の金額となる可能性がある。


 貴社の場合には、特に租税回避等の意図があって行われるものでなければ、いずれの案の増資新株の価額も、判定時時価と捉えてよいものと思われる。

 

1 有利発行に関する法令等の確認

 有利発行に関しては、次のとおり、法人税法施行令119条1項4号に有価証券の取得価額に関する定めが設けられている。


 (有価証券の取得価額)

第119条内国法人が有価証券の取得をした場合には、その取得価額は、次の各号に掲げる有価証券の区分に応じ当該各号に定める金額とする。


  一~三 省略

 

  四 有価証券と引換えに払込みをした金銭の額及び給付をした金銭以外の資産の価額の合計額が払い込むべき金銭の額又は給付すべき金銭以外の資産の価額を定める時におけるその有価証券の取得のために通常要する価額に比して有利な金額である場合における当該払込み又は当該給付(以下この号において「払込み等」という。)により取得をした有価証券(新たな払込み等をせずに取得をした有価証券を含むものとし、法人の株主等が当該株主等として金銭その他の資産の払込み等又は株式等無償交付により取得をした当該法人の株式又は新株予約権(当該法人の他の株主等に損害を及ぼすおそれがないと認められる場合における当該株式又は新株予約権に限る。)、第19号に掲げる有価証券に該当するもの及び適格現物出資により取得をしたものを除く。) その取得の時におけるその有価証券の取得のために通常要する価額


 この法人税法施行令119条1項4号の規定は、内国法人である株主等が法人の増資等に際して有利な価額で有価証券を取得した場合に、その有価証券の取得価額を時価とすることとしたものである。


 そして、ある株主等が増資等によって有利に株式等を取得したということになれば、他の株主等の株式等の価値が低下し、その有利に株式等を取得した株主等は、その低下した価値に相当する金額の利益を得ることとなるため、法人税法22条2項の規定により、この移転利益に対して受贈益課税が行われることとなる。


 この法人税法施行令119条1項4号の判定時時価に比して「有利な金額」であるのか否かは、法人税基本通達2-3-7(通常要する価額に比して有利な金額)において「当該株式の価額と払込金額等の差額が当該株式の価額のおおむね10%相当額以上であるかどうかにより判定する」(同通達注記1)とされている。


 以下、簡単な事例を用いて解説を行うこととする。


 なお、株主の全員が平等に増資による株式を取得するということになれば、そもそも有利発行という問題は生じないため、下記の事例においては、一の株主のみが増資による株式を取得し、他の株主は増資による株式を取得しない、という前提に立つものとする。

 

2 事例の検討

 A社が1株1円の株式を100株発行しているⅩ社の株式の1株を保有している場合に、Ⅹ社が増資を行って新たに100株を発行するというケースを事例1とし、A社が1株1円の株式を100株発行しているⅩ社の株式の99株を保有している場合に、Ⅹ社が増資を行って新たに100株を発行するというケースを事例2とする。いずれのケースにおいても、Ⅹ社の他の株主はB社とし、B社がそれぞれⅩ社の株式の99株と1株を保有しているものとする。


 以下、(1)と(2)において、この事例1と事例2の場合に、A社がそれぞれⅩ社の増資新株100株を取得するために支払ってよいと判断する金額、即ちA社がこの増資新株の時価と判断することになる金額がどのような金額となるのか、ということを考えてみることとする(注)。

 

(注)現実の増資においては、まず、増資の総額が決まり、その後、増資新株の数が決まる、ということになっているケースが多いものと考えられるが、本稿の各事例は、企業支配権が認識されるケースの場合には増資新株の価額が純資産価額方式で計算した株価金額よりも高くなったり低くなったりすることを説明することが主目的であり、これを分かり易く説明するために、先に増資新株の数が決まっているという前提に立って解説を行っている。

 

(1)事例1の場合の増資新株の時価

 事例1の場合、A社がⅩ社の増資新株の100株を引き受けるということになると、A社は、Ⅹ社の発行済株式の50.5%を取得することとなる。


 要するに、A社がB社からⅩ社の企業支配権を得ることとなるわけである。


 A社は、従来の少数株主の立場から支配株主の立場になるわけであり、増資新株の100株を取得することができるか否かということには、大きな意味がある。


 それとは反対に、B社にとっては、Ⅹ社の企業支配権を失うことになるわけであり、損失を被ることとなる。


 税制における企業支配権の対価に関する特別な取扱いや少数株主の株式の評価における特別な取扱いなどは、このような関係に着目したものである。


 この企業支配権の対価の額がどの程度の額となるのかということは、個々の事情によって異なり、一概には言えないが、事例1のケースで言えば、理論的には、B社が支配株主となっている状態におけるB社の保有株式の1株当たりの評価額からB社が少数株主となっている状態におけるB社の保有株式の1株当たりの評価額を控除し、その差額にB社が支配株主となっている状態におけるB社の保有株式数を乗じて得た金額が企業支配権の対価の額ということになるはずである。


 すなわち、B社がⅩ社の支配株主となっている状態におけるB社の保有株式の帳簿価額は、Ⅹ社の企業支配権の対価の額と、Ⅹ社の企業価値の総額から企業支配権の対価に相当する金額を控除した残額(純資産価額)を発行済株式数で除して得た金額に保有株式数を乗じて得た金額との合計額となっている、ということである。


 以下、本稿においては、Ⅹ社の企業価値の総額を115円とし、その内訳は、純資産価額が100円、X社の企業支配権の対価に相当する金額がⅩ社の企業価値の総額の15%相当額(15円)であるものと仮定して、説明を続けることとする。


 この増資により、B社からA社にこの企業支配権の対価に相当する金額15円の価値移転が生ずることとなり、A社がこの増資によって得るものは、この企業支配権の対価の額15円と、純資産価額100円を発行済株式数100株で除して得た金額1円に増資新株数100株を乗じて得た金額100円との合計額115円ということになる。


 A社がこの増資の対価の額として支払ってよいと判断する金額は、115円ということである。


 A社は、増資前のⅩ社株式の帳簿価額1円に加えて115円を増資の対価として支払い、101株を116円で保有しているということになるが、この金額は、Ⅹ社の増資後の企業価値の総額215円(増資前の純資産価額100円に増資金額115円を加算した金額)から企業支配権の対価の額15円を控除した残額200円を発行済株式数200株で除して得た金額1円にA社の保有株式数101株を乗じて得た金額101円に、企業支配権の対価の額15円を加算した金額116円と同額となる。


 仮に、このケースにおいて企業支配権の対価を無視して取引を行ったとすれば、増資新株の対価は、単純に、増資前のⅩ社の純資産価額100円を発行済株式数100株で除して得た1円に増資新株数100株を乗じて計算した100円ということになる。そして、仮に、企業支配権の対価の額を含めた増資新株の対価の額115円を基準として有利発行か否かを判定するということになれば、この100円は、「おおむね10%相当額以上」(法基通2-3-7注記1)の差額のある金額ということになり、この増資は有利発行と判定されることとなる。

 

(2)事例2の場合の増資新株の時価

 事例2の場合、A社がⅩ社の増資新株の100株を引き受けるということになると、A社は、Ⅹ社の発行済株式の99%を保有する状態から99.5%を保有する状態となる。


 A社は、既にⅩ社の企業支配権を有しており、増資新株100株を新たに取得したとしても、その状態が変わるわけではなく、単に持株割合が0.5%上がるのみである。


 この事例2においては、A社は、増資新株100株を引き受けたとしても、増資前のⅩ社の企業価値の総額115円から企業支配権の対価の額15円を控除した残額100円(増資前の純資産価額)を増資前の発行済株式数100株で除して得た1株当たりの金額1円に増資新株の100株を乗じて得た100円のみを得ることとなる。


 すなわち、この事例2においては、増資新株の数は事例1の場合と同様に100株となっているが、その価値は、100円に止まることとなる。

 


 上記の二つのケースに続いて、A社が1株1円の株式を100株発行しているⅩ社の株式の1株を保有している場合に、Ⅹ社が新たに1株を発行するというケースを事例3とし、A社が1株1円の株式を100株発行しているⅩ社の株式の99株を保有している場合に、Ⅹ社が新たに1株を発行するというケースを事例4とすることとする。


 これらのいずれのケースにおいても、Ⅹ社の他の株主はB社とし、B社がそれぞれⅩ社の株式の99株と1株を保有しているものとする。


 以下、(3)と(4)において、この事例3と事例4の場合に、A社がそれぞれⅩ社の増資新株1株を取得するために支払ってよいと判断する金額がどのような金額となるのか、ということを考えてみることとする。

 

(3)事例3の場合の増資新株の時価

 事例3の場合には、A社は、この増資により、Ⅹ社の株式の保有株式数が1株から2株に増加するのみである。


 A社にとっては、計算上、この増資によって増える1株は、Ⅹ社の純資産価額100円を発行済株式数100株で除して得た1円の価値しかないということになる。


 しかし、株主の権利が多数決の原理によって行使される状況下においては、少数株主の株式の価値を単純に純資産価額方式によって計算した株価金額としてよいかという点には、多分に疑問が残る。株主の権利が多数決の原理によって行使される状況下においては、少数株主の意向を経営や配当政策に反映させることは、現実には、困難であるという点にも、留意する必要がある。


 現実には、少数株主の株式の価値は純資産価額方式によって計算した株価金額よりも低いというケースが珍しくない。

 

(4)事例4の場合の増資新株の時価

 事例4の場合には、A社は、この増資により、Ⅹ社の株式の保有株式数が99株から100株に増加することになる。


 A社にとっては、この増資新株1株は純資産価額方式によって計算した株価金額と同額か又はそれに満たない金額でしか評価されないはずである。

 

3 結論

 上記の4つのケースの比較から、次のようなことを確認することができる。


① 増資新株の価値は、その増資によって企業支配権が移転するのか否かによって、大きく
 変わる。


② 企業支配権が移転する増資においては、判定時時価は、企業支配権の対価の額を含めて
 計算する必要がある。


③ 企業支配権が移転しない増資においては、判定時時価は、純資産価額方式によって計算
 した株価金額よりも低い金額となることがある。


 企業支配権の存在が認識される法人における増資の場合の新株の実際の価額は、単純に純資産価額方式によって計算した株価金額とすることはできないわけである。


 上記2のような事例が実際にあったとすれば、法人の純資産価額方式によって計算した株価金額は同じであったとしても、4つのケースの増資新株の100株が同じ価値で評価されることにはならないものと考えられる。


 有利発行に該当するのか否かは、あくまでも実際に増資が行われる場合に用いられることとなる価額を基準として判断する必要がある。企業支配権の対価の額や少数株主の株式の価値の計算に困難が伴うとしても、その計算が困難であるという技術的な理由により、それらを無視して、有利発行であるのか否かという事実関係に関する判断を行うことは、許されない。


 貴社の場合には、増資の規模を大きくする案では、増資新株の価額は純資産価額に基づく金額よりも高く設定されており、増資の規模を小さくする案では、増資新株の価額は純資産価額に基づく金額よりも低く設定されているとのことであるが、特に租税回避等の意図があって行われるものでない限り、そのような状態が本来の状態ではないかと考えられるところであり、有利発行であるのか否かという判定は、企業支配権の対価の額や少数株主の株式の価値の計算が相当であるという前提を置けば、それらの設定された金額に基づいて行うことでよいものと思われる。