※T&Amaster(ロータス21)2016.10.10 No.662に掲載
企業会計基準委員会(ASBJ)は、現在、新しい収益認識基準として「収益認識に関する包括的な会計基準」を検討中であるが、実務においては、企業会計における取扱いだけでなく、法人税法における取扱いも重要であるため、企業会計における新しい収益認識基準の検討も、法人税法における取扱いを念頭に置いて行う必要があると考えられる。
本稿では、法人税法における収益の額の計上基準の原則について解説を行う。
はじめに
法人税法における収益の額の計上基準の原則がどのようなものかということに関しては、「権利確定主義」を採っているとする見解があったり、「実現主義」や「発生主義」を採っているとする見解があったりするなど、かなり混乱した状況となっているが、昭和40年の法人税法22条(各事業年度の所得の金額の計算)の制定及び昭和44年の法人税基本通達2-1-1(たな卸資産の販売による収益の帰属の時期)等の制定に当たって、どのような判断がなされてこれらの定めが設けられたのかということを当時の資料から正確に辿れば、それらの見解とは異なり、「権利確定主義」等は採らないこととし、「引渡基準」を採ることとしたものであることが明確である。
また、さまざまな取引があり得る具体的な事例において、収益の額の計上時期の検討を行うに当たっては、法人税法22条の「取引」が純資産の増減を生ずべき「事実」、「事由」、「事象」などの全てを指す広い概念となっている点に留意しつつ検討を行うことが必要となる。
以下、具体的に見ていくこととする。
1 法人の「所得の金額」は純資産の増加額
現在の法人税法は昭和40年の全文改正によって制定されたものであるが、同年前の法人税法においては、総益金の額から総損金の額を控除したものが「所得の金額」とされており、この「総益金」と「総損金」に関しては、当時、法人税基本通達によって次のような国税庁の解釈が示されていた。
(総益金)
五一 総益金とは、法令により別段の定めのあるものの外資本の払込以外において純資産増加の原因となるべき一切の事実をいう。
(総損金)
五二 総損金とは、法令により別段の定めのあるものの外資本の払戻又は利益の処分以外において純資産減少の原因となるべき一切の事実をいう。
これらの旧通達から、昭和40年の全文改正前の法人税法においては、法人の「所得の金額」が純資産の増加額と捉えられていたことを確認することができる。
昭和40年の法人税法の全文改正においても、昭和40年1月7日の大蔵省主税局税制第1課における改正条文案の最終読会の時点まで、定義規定に、次の「益金の額」と「損金の額」の定義を設けることが予定されており、最終的にはこれらの定義は設けられなかったものの、これは法人税法22条の規定から明らかであるとの判断によるものであって、現在の法人税法における「所得の金額」が純資産の増加額と捉えられていることは、明らかである(注1)。
(注1)本稿において用いている昭和40年の法人税法の全文改正時の条文案等に関しては、同改正を自ら担当された吉牟田勲元筑波大学教授が税務大学校に寄贈された資料から引用したものである。
益金の額 資本等取引以外の取引で純資産の増減の原因となるべきものに係る経済的価値の増加額をいう。
損金の額 資本等取引以外の取引で純資産の増減の原因となるべきものに係る経済的価値の減少額をいう。
昭和40年の法人税法の全文改正の解説である『昭和40年 改正税法のすべて』(大蔵財務協会)においても、上記の2つの旧通達の「総益金」と「総損金」の定めを引用しつつ、同年の全文改正において「具体化」を行った旨の解説(101・102頁)がなされている。要するに、法人の「所得の金額」が純資産の増加額であるという捉え方は変えずに、「益金の額」と「損金の額」について、それらがどのようなものかということを法人税法の規定(法人税法22条)の中にできるだけ具体的に書くこととした、ということである。
上記の旧通達は、昭和40年の法人税法の全文改正に対応して昭和44年に現在の法人税基本通達を制定した際に廃止されているが、その廃止理由は、次のように説明されており、昭和40年の全文改正後の法人税法における法人の「所得の金額」を純資産の増加額と捉える上記の理解が正しいことを確認することができる。
① 益金、損金の範囲に関する通達(旧基通51,52)
益金とは、法令に別段の定めのあるもののほか資本等取引以外において純資産増加の原因となるべき一切の事実をいい、損金とは、法令に別段の定めのあるもののほか資本等取引以外において純資産減少の原因となるべき一切の事実をいう、という取扱いであつたが、これは法人税法(以下「法」という。)第22条から明らかである。(国税庁審理課課長補佐 御園生 均「法人税基本通達の制定について」税務弘報(昭和44年7月号)26頁 中央経済社)
現在の法人税法においても、法人の「所得の金額」は、純資産の増加額と理解した上で、規定を解釈する必要があるわけである。
2 収益の額の計上基準の原則は「権利確定基準」から「引渡基準」に変更
昭和40年の全文改正前においては、法人税法に収益の計上時期に関する定めは設けられていなかったが、次の税制調査会の税法整備小委員会の昭和39年1月20日の「所得税法及び法人税法の整備に関する答申」(以下「整備答申」という。)に記載されているとおり、法人税法における収益の額の計上基準の原則は「権利確定主義」によるものと解されていた。
4 所得の発生時期
(1)税法は、期間損益決定のための原則として、発生主義のうちいわゆる権利確定主義をとるものといわれているが、税法上個々の規定について検討するときは、現行税法全体の構造としては、権利確定主義を中核としながらも、その具体的適用は相当広く弾力性に富み、経済の実態及び企業会計の進展に伴つた期間損益決定についての一つの体系を形成しているものと考えられ、細目において差異の生ずるのは課税の公平という租税目的上の要請から当然としても、企業会計における場合の発生主義と結果的には一致している面が多い。
しかしながら、税法が、なおこのような権利確定主義を基本的基準としているのは、税法が、法律として、すべての納税者について統一的に扱う必要から、期間損益の決定を単に会計上の事実行為に立脚した基準にのみ委ねることができず、他に特別の定めがない場合の一般的基準としては、なんらかの法的基準を求めなければならないためであると考えられる。
この見地から、今後においても、税法上期間損益決定についての基本的な法的基準は、これを設けておく必要があると認められる。
(2)期間損益決定についての基本的な基準を、税法上いずれに置くべきかについては、各種の意見(外部取引につき、①対価請求権の確定したとき、②所有権の移転又は役務の提供があつたとき、③引渡し又は対価請求権につき債務者が同時履行の抗弁権を失なつたとき、④定められている債務履行期等のいずれかを基準とする意見)があつたが、個別規定で補うことにより具体的な適用は③の引渡し又は対価請求権につき債務者が同時履行の抗弁権を失なつたときによることに近くなるとしても、法的な基本的基準としては②の所有権の移転又は役務の提供があつたときとすることが適当と認められる。
なお、履行期に至る期間の特に長期のものの具体的扱い方については、今後において引き続き検討するものとする。
(3)法人税法基本通達「249」は、本文における権利確定主義のただし書として、商品、製品等の販売については引渡基準を認めている。
(15・16頁)
整備答申の上記の引用部分の最後で「権利確定主義」を定めた通達として言及されている「法人税法基本通達「249」」(正しくは、「法人税基本通達「249」」)は、次のようなものであった。
(売買損益の帰属の時期)
二四九 資産の売買による損益は、所有権移転登記の有無及び代金支払の済否を問わず売買契約の効力発生の日の属する事業年度の益金又は損金に算入する。但し、商品、製品等の販売については、商品、製品等の引渡の時を含む事業年度の益金又は損金に算入することができる。
この旧法人税基本通達249においては、但し書において「商品、製品等の販売」についてのみ「引渡基準」も採ることができるとされているわけであるが、本文においては「売買契約の効力発生の日」を基準として益金の額又は損金の額に算入する事業年度を決めることとしていることから、同通達が「権利確定主義」を売買損益の帰属の時期の基準としていることは間違いないところであり、上記の整備答申は、売買損益の帰属の時期について、「法的な基本的基準」として「権利確定主義」を定めた同通達の取扱いを維持することが適当であるという立場を採っているわけである。
しかし、昭和40年の法人税法の全文改正においては、以下に述べるとおり、当初は、上記の整備答申のとおり、「権利確定主義」を基本とすることで検討が進められていたが、中途より、そのような立場は採らないこととされた。
昭和39年11月18日の総益金及び総損金に関する試案においては、次のとおり、「収入する権利が確定したもの」を「総益金の額」に算入するべきであるとされていた。
(総益金の額に算入すべき金額の帰属事業年度)
第 条 各事業年度の総益金の額に算入すべき金額は、当該事業年度において収入する権利が確定したもの(収入を伴わないものについては当該事業年度の確定した決算において計上した金額)とする。
しかし、この試案は、その後、外部の有識者も交えた検討により、「収入する権利が確定したもの」ということではなく、「実現したもの」とするのが適当であるという結論に至り、昭和40年1月6日の改正案では、次のとおり、「収入する権利が確定した」という文言が無くなって「実現した」という文言に置き換えられている。
(各事業年度に帰属すべき益金の額及び損金の額)
第二十三条 内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上当該事業年度の益金の額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、資産の販売、譲渡若しくは貸付け、役務の提供その他の事由により当該事業年度において実現した収益の額の合計額とする。
上記の改正案の23条1項は、最終的には、現在の22条2項となるわけであるが、同項には「実現した」という文言は残っていない。
この「実現した」という文言が残らなかった理由に関しては、『昭和40年 改正税法のすべて』において、次のように、法人税法における「実現」が企業会計における「実現」と「一致するという保証がないため」と説明されている。
また、この項の規定は、益金の額の内容を規定するものであると同時に、いわゆる期間損益に関する事項を規定したものであります。この点は「当該事業年度の収益の額」というこの「の」によって表現されているのであって、「当該事業年度に帰属する収益の額」と解されます。
この点については、「当該事業年度において実現した収益の額」とするべきかどうかについて検討の行われたところでありますが、この実現という用語は主として企業会計の用語であって、この実現という用語の確定した内容というものも必ずしも統一的に解されているかどうかについて疑問があるのみならず、現在の税務慣行上の収益計上時期についての取り扱いがこの実現の内容にほぼ近いものと考えられるとしてもこれが一致するという保証がないため、実現という用語を用いることは避けられることとなったものです。なお、この収益の額をどのような基準によって当該事業年度に帰属させるべきか、あるいは如何なる表現によって具体的にその帰属関係を明らかにするかについては、なお今後の検討にゆだねられている事項と考えられます。(103頁)
昭和40年の法人税法の全文改正の時点では、上記の説明の最後のなお書きにあるとおり、収益の額の計上基準は「今後の検討」に委ねられることとなった。
法律改正がこのような状況となれば、自ずと、法令の解釈を示す通達において収益の額の計上基準をどのようなものとするのかということが問題となってくることとなる。具体的には、上記の旧法人税基本通達249をどうするのかということが問題となるわけであるが、同通達は、昭和44年改正において、たな卸資産の販売と固定資産の譲渡に分けてそれぞれ次のように定められ、現在の法人税基本通達2-1-1と2-1-14に引き継がれている。
(たな卸資産の販売による収益の帰属の時期)
2-1-1 たな卸資産の販売による収益の額は、その引渡しがあつた日の属する事業年度の益金の額に算入する。
(固定資産の譲渡による収益の額の帰属の時期)
2-1-3 固定資産の譲渡による収益の額は、その引渡しがあつた日の属する事業年度の益金の額に算入する。ただし、法人が当該固定資産の譲渡に関する契約の効力発生の日以後引渡しの日までの間における一定の日にその譲渡による収益が生じたものとして当該日の属する事業年度の益金の額に算入したときは、これを認める。
これらの通達を見ると、「権利の確定」や「実現」ではなく、「引渡し」が収益の額の計上基準の原則とされていることが明確である(注2)。
(注2)平成5年11月25日の最高裁の法人税更正処分等取消請求上告事件における判決においては、次のように述べられており、いくつかの論考においてもこの判決が引用されているが、上記において述べたとおり、現在の法人税法の立法過程等を確認すると、その内容に関しては、明らかに疑義がある。
ある収益をどの事業年度に計上すべきかは、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従うべきであり、これによれば、収益は、その実現があった時、すなわち、その収入すべき権利が確定したときの属する年度の益金に計上すべきものと考えられる。
要するに、旧法人税基本通達249の「権利確定基準」が「引渡基準」に変更されているわけである。
この昭和44年の法人税基本通達の改正に関しては、次の解説にあるとおり、「引渡基準を原則とすることとしたもの」「基本的には引渡基準によることを明らかにしたもの」ということを明確に確認することができる。
1 たな卸資産の販売による収益
商品、製品等のたな卸資産の販売による収益の額は、その引渡しがあつた日の属する事業年度の益金の額に算入するものとされている(基通2-1-1)。
これは、商品、製品等の販売収益は、いわゆる引渡基準によるべきことを明らかにしたものといえよう。
この考え方は、今回の新基本通達で初めて明らかにされたわけのものでもなく、従来からあつたものであるが、ただ、従前の考え方では、売買契約の効力発生日基準を原則とし、商品、製品等については、引渡基準によることができることとしていたものを、今回、商品、製品等の一般の会計処理基準の考え方をとり入れ、引渡基準を原則とすることとしたものである。(国税庁法人税課課長補佐 米山 鈞一「資産の販売損益等について」税経通信(昭和44年11月臨時増刊)6頁 税務経理協会)
2 固定資産の譲渡による収益
固定資産の譲渡による収益の額は、その引渡しのあつた日の属する事業年度の益金の額に算入するものとされている(基通2-1-3)。
これは、固定資産の譲渡収益についても、たな卸資産と同じく基本的には引渡基準によることを明らかにしたもので、従来の考え方が売買契約の効力発生の日を基準としたのに比べるとかなりの改正があつたものといえよう。しかし、固定資産の譲渡については、一般に引渡基準による慣行が確立していると断定するには問題があり、契約内容の実態に応じてその引渡しの日前に収益として計上することが行われることも否定できないところである。
そこで、税務上の取扱いとしても、法人がその固定資産の譲渡に関する契約の効力の発生の日以後引渡しの日までの間における一定の日にその譲渡による収益が生じたものとしてその日の属する事業年度の益金の額に算入したときは、その処理を認めることとしている(基通2-1-3ただし書)。(同前6・7頁)
上記の「1 たな卸資産の販売による収益」の解説においては、「従前の考え方では、売買契約の効力発生日基準を原則とし、商品、製品等については、引渡基準によることができることとしていたものを、今回、商品、製品等の一般の会計処理基準の考え方をとり入れ、引渡基準を原則とすることとしたものである」と明快に述べられており、また、上記の「2 固定資産の譲渡による収益」の解説においても、「固定資産の譲渡収益についても、たな卸資産と同じく基本的には引渡基準によることを明らかにしたもので、従来の考え方が売買契約の効力発生の日を基準としたのに比べるとかなりの改正があつたものといえよう」というように、従来の「権利確定基準」から「引渡基準」への変更が「かなりの改正」と評価されていることをはっきりと確認することができる(注3)。
(注3)現行の法人税法における収益の額の計上基準の原則に関して、「権利確定主義」が妥当するという見解が解説書や判決の一部に見受けられるが、上記の説明からも分かるとおり、そのような見解は、法令及び通達の制定過程における事実に明らかに反する見解であって、誤っていることが明白である。
また、一部には、「引渡基準」は「権利確定基準」と同じであるという見解も見受けられるが、昭和44年改正前の法人税基本通達249の但し書において資産の売買による損益について「引渡の時」を含む事業年度の益金及び損金に算入することができる旨の定めが置かれており、また、同改正後の法人税基本通達2-1-3の但し書において固定資産の譲渡による収益の額について「契約の効力発生の日以後引渡しの日までの間における一定の日」の属する事業年度の益金に算入することができる旨の定めが置かれていることからしても、同改正前の法人税基本通達249の「売買契約の効力発生の日」と同改正後の法人税基本通達2-1-1及び2-1-3の「引渡があつた日」とは異なることがあることを前提として新旧の両通達の制定が行われていることが明確であり、このような見解が誤っていることも、明白である。
そもそも、『昭和40年 改正税法のすべて』の「五 所得の金額の計算に関する原則規定(法22)」の解説(101~104頁)にも、「権利」という用語さえ全く存在しない。
また、昭和44年改正により、次のとおり、新たに法人税基本通達2-1-2として請負による収益の帰属の時期に関する定めが設けられており、現在も、同2-1-5として引き継がれている。
(請負による収益の帰属の時期)
2-1-2 請負による収益の額は、物の引渡しを要する請負契約にあつてはその目的物の全部を完成して相手方に引き渡した日、物の引渡しを要しない請負契約にあつてはその約した役務の全部を完了した日の属する事業年度の益金の額に算入する。
「資産」の取引ではなく「役務」の取引である請負による収益の計上時期に関して新たに定められた上記の法人税基本通達2-1-2に関しても、次のとおり、「完成(引渡)基準を原則とする趣旨」のものであるとされている(注4)。
3 請負による収益
請負による収益の額は、物の引渡しを要する請負契約にあつてはその目的物の全部を完成して相手方に引き渡した日、物の引渡しを要しない請負契約にあつてはその約した役務の全部を完了した日の属する事業年度の益金の額に算入することとされる(基通2-1-2)。
これは、いわゆる完成(引渡)基準を原則とする趣旨であり、前述の(1)および(2)の場合とその考え方の軌を一にするものといえる。(同前7頁)
(注4)「引渡基準」「完成(引渡)基準」は、物の引渡しを要する取引の基準の呼び方であり、物の引渡しを要しない役務の提供の取引については「役務の全部を完了した日」を基準とすることとされているため、本来は、物の引渡しと役務の完了の双方を示す呼び方として、「引渡完了基準」と呼ぶのがより適切であると考える。
このような「引渡基準」は、従来の「権利確定基準」が上記の整備答申にあったとおり「法的」なものであったのに対し、次の解説のとおり、企業会計を尊重したものとされている。
4 その他の収益
その他の収益については、新基本通達においても、特に原則的な考え方を打ち出していない、わずかに後述のように、割りもどしという特殊事項についてその取扱いを明らかにしているに過ぎない。
したがつて、公正妥当な会計処理上の判断にまつこととなるが、上述の販売収益等の場合には、引渡基準つまりは収益が相手方との取引関係において発現した日を基準としているところからは、企業会計でいう実現主義をある程度尊重しているといえ、このような基本的な態度においては、その他の収益についても特に変わりはないものと考える。(同前8頁)
上記の「4 その他の収益」の解説の後段の部分に関しては、上記において引用した『昭和40年 改正税法のすべて』の法人税法22条に「実現した」という文言が残らなかったことについて理由を述べた部分と比較すると、やや企業会計を尊重する度合いが大きいと言ってよい状態になっているが(注5)、昭和44年の法人税基本通達の改正は、昭和42年に「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」を尊重するべき旨を定めた法人税法22条4項(注6)が追加制定された後に行われており、同項の存在をも前提として収益の額の計上時期に関する解釈を示すこととなったために、このような状態となっているものと考えられる。
(注5)上記において引用した昭和39年11月18日の試案における「権利が確定したもの」という部分が削除されて昭和40年1月6日の改正案において「実現した」という部分が新たに設けられたことに理由があることは勿論のこと、この「実現した」という文言が残らなかったことにも理由があるわけであり、個々の事例において、法人税法における収益の額の計上時期が企業会計上の収益の額の認識の時期とおおむね同じになるとしても、法人税法上の「引渡基準」が企業会計上の実現主義と同じであるという不正確な主張を行うことは、適当ではない。
(注6)法人税法22条4項が「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」を尊重するべき旨を定めた訓示規定の性質を有するものであることについては、拙著「法人税の所得計算の基本構造」の「第3回 公正妥当な会計処理の基準」(TKC WEBコラム 2014.11.17)を参照されたい。
なお、法人税法における収益の額の計上基準の原則について、企業会計における議論を取り上げて「現金主義」と「発生主義」を対比し、法人税法においては「発生主義」が採用されているという主張も見受けられるが、既に述べたとおり、法人税法における収益の額の計上基準の原則に関しては、「現金主義」と「発生主義」のいずれになるかという観点から判断がなされたものではないため、そのような切り口の違う議論を持ち込むことは、そもそも適切ではない。上記において引用した解説のいずれにおいても、法人税法における収益の額の計上基準の原則を「発生主義」としたなどという記述は、全く存在しない。
3 法人税法22条の「取引」は「事実」「事由」「事象」などと同じで範囲が非常に広い
法人税法における収益の額の計上基準の原則がどのようなものかということを正しく理解するためには、「収益」とは何かということ、そして、収益を計上する時期はいつかということを正しく認識する必要があり、上記1及び2において、現在の法人税法においては、「収益」とは何かということについては純資産の増加の原因となる全ての事実と解されており、収益の額を計上する時期はいつかということについては資産の引渡し等の日の属する事業年度とされているということを確認したが、さまざまな取引があり得る具体的な事例において検討を行うに当たっては、適用条文となる法人税法22条における「取引」がどのようなものであるのかということについても正しく確認をしておく必要がある。
「益金の額」について定める法人税法22条2項は、次のとおり、益金の額は全て「取引」から生ずるものという前提に立ち、「取引」が存在しなければ益金の額が生ずることはないこととなっている。
2 内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上当該事業年度の益金の額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、資産の販売、有償又は無償による資産の譲渡又は役務の提供、無償による資産の譲受けその他の取引で資本等取引以外のものに係る当該事業年度の収益の額とする。
また、「損金の額」の内の「損失の額」について定める法人税法22条3項3号においても、次のとおり、損失の額は全て「取引」から生ずるものという前提に立ち、「取引」が存在しなければ損失の額が生ずることはないこととなっている。
三 当該事業年度の損失の額で資本等取引以外の取引に係るもの
法令において「取引」という用語が用いられる場合には、「取引」という用語は、次のような意味内容を有するものとされているが、上記において引用した法人税法22条2項と3項3号の「取引」という用語は、資産の評価益や評価損が益金の額や損金の額に含まれることなどからも明らかなように、そのような意味内容のものとして用いられているわけではない。
取引 実質的に商に関する法律行為を意味する用語であって、商行為(実質的意味の)と同意義に使われることが多い。(吉国一郎他『法令用語辞典』学陽書房)
上記1において引用したとおり、昭和40年の法人税法の全文改正前に総益金と総損金の定義を定めた法人税基本通達51・52においては、「取引」という用語は用いられておらず、「事実」という用語が用いられていた。
また、昭和40年の法人税法の全文改正の立法過程においては、上記2において引用した昭和40年1月6日の改正案にあるとおり、「資産の販売、譲渡若しくは貸付け、役務の提供その他の事由」というように、資産の販売や譲渡、貸付け、役務の提供などを「事由」と捉えている。
昭和40年の法人税法の全文改正の立法過程において、「取引」がどのような意味内容を有するものかということに関してどのような検討が行われたのかということについては、必ずしも明らかではないが、『昭和40年 改正税法のすべて』においては、次のように述べられている。
なお、取引は簿記上の取引を指すものと解されます。(102頁)
当時、簿記において「取引」という用語がどのような意味内容のものと捉えられていたかということを確認してみると、次の昭和41年9月6日に起稿された論考から分かるとおり、「取引」という用語の意味内容が非常に広く捉えられていることが確認できる。
企業簿記においては記録計算の対象として認識把握されるべき事象を「取引」という用語で表現呼称する。従って売買当事者間における契約(売買契約)等、法律行為・商行為に因る事象のほか、単なる事実例えば天災事変に因る事象も記録計算の対象として認識把握される限り「取引」概念のうちに吸収される。
併し天災事変に因る単なる事実もまた「取引」であると概念することは日常の用語としての「取引」概念とは相容れない。(安藤栄一「企業簿記における用語『取引』概念の検討」商経論叢第二巻第三号 神奈川大学経済学会 昭和41年)
この論考においては、「取引」について、専ら「事象」という用語を用いつつ、「事実」という用語をも用いて、その範囲が「記録計算の対象」となる全てに亘る広いものであることが具体的に説明されている(注7)。
(注7)上記の論考においては、「transaction」と日常の用語としての「取引」の関係を比較した次のような記述もなされているが、この記述は、企業会計において収益の認識基準を検討する場合にも、「取引」をどのように捉えるのかということが問題となるということを示している。
英語のtransact(動詞)又はtransaction(名詞)の含蓄するところと、邦語「取引」のそれとを対照してみると、その根底において注意すべき差異がある。(中略)これ等資料によって立証される如く、「transaction」の含蓄は「取引」のそれよりも余程幅が広い。「取引」は「transaction」のもついくつかの概念の一部にすぎない。(179・180頁)
しかし、法人税法22条において用いられている「取引」が簿記において用いられている「取引」と全く同じということではない。例えば、無償による役務提供は、簿記においては「取引」とはならないが、法人税法22条においては「取引」となり、借入金が長期借入金から短期借入金に変わったことは、簿記においては「取引」となるが、法人税法22条においては「取引」とはならない(注8)。
(注8)法人税法22条においては、収益の額や原価の額、販売費管理費の額、損失の額を生じさせるもののみを「取引」と認識すればよく、それらを生じさせないものを「取引」と認識する意義はない。
要するに、法人税法22条において用いられている「取引」は、他の法令等において用いられている商行為を意味する「取引」に止まらず、収益の額や原価の額、販売費管理費の額、損失の額を生じさせるものの全てを広く含んでおり、特に法人税法中に固有の定義が設けられているわけではないが、独自の概念となっているわけである。
これは、法人税法22条2項の収益の額の計上時期に関しては、別段の定めがあるものを除き、「引渡基準」を原則としてその内容を深めつつ、純資産の増加を生ずべき「事実」「事由」「事象」などの全てを念頭に置き、異なる「取引」ごとに最も適切と判断される基準がどのようなものかということを考える必要がある、ということを意味している(注9)。
(注9)本稿は、法人税法22条2項の収益の額の計上基準の原則について述べる趣旨のものであって、多様な取引の具体的な収益の額の計上基準についてまで述べるものではない。
最後に
上記の1から3までにおいて述べたことは、現在の法人税法と法人税基本通達の制定過程等における事実を正しく辿りさえすれば、容易に分かることである。
しかしながら、解説書を開けば分かるとおり、現実には、法人税法における収益の額の計上基準に関しても、このような事実に明らかに反する主張(注10)が少なからず存在する。
(注10)判決の中にも、「権利確定主義」や「実現主義」に基づいて収益の額の計上時期を決めるべきであるという判示を行ったものがいくつか見受けられるが、これら判決は、専ら「権利確定主義」や「実現主義」が収益の計上基準であると主張する説を拠り所としたものと言ってよい状態となっている。
収益の額の計上基準に関しても、立法過程等における事実に基づかない誤った独自の説が判決を誤った判断に導き、その判断を誤った判決が更にその誤った独自の説を正当化する、という悪循環が起こっているように見受けられるが、このような事態は、立法過程等における事実に基づいて正しい解釈を確認することにより、早急に是正する必要がある。
現在、このような事実に明らかに反する主張が少なからず存在する状況となっているのは、現在の我が国における税法の解釈論の通説が立法の趣旨・目的を軽視して私法を税法よりも優位に置こうとするものであることに主たる原因があると考えられる。
要するに、法令を解釈する場合には、まず、その法令の創設や改正の趣旨・目的が何かということを正しく確認することから始めなければならないところ、現在の我が国における税法の解釈論の通説を採れば、そのような法令解釈の常識がなおざりにされる傾向となるということであり、また、上記のような事実が現にあるにもかかわらず、私法を重視する「権利確定主義」が税法の収益の額の計上基準の原則であると主張することとなってしまう、ということである。
もっとも、これらの主張は、現在の法人税法の解釈論としては明らかに誤っていると言わざるを得ないものの、その一部には、具体的な項目の収益の額の計上の取扱いに関して立法論として考慮に値するものも見受けられる。
このような事情にあることに鑑みると、現在の法人税法における収益の額の計上基準を念頭に置いて企業会計における収益認識基準のあり方を考えるというだけではなく、企業会計において新しい収益認識基準の検討が行われることを契機として、現在の法人税法における収益の額の計上基準を正しく確認した上でその妥当性の検証を行うことを考慮しても良いのではないかと感ずるところである。