※T&Amaster(ロータス21)2010.10.18 No. 374に掲載
親会社が、100%子会社の業績が悪化することを避けるために、100%子会社に対する債権の放棄等を行いたいのですが、その場合の税制上の取扱いはどうなりますか?
要 旨
親会社が100%子会社の業績が悪化することを回避するための対応策を講じなければならないというケースは、特に近年、非常に多くなっている。
このようなケースにおいては、平成22年度改正前は、可能な限り、法人税基本通達9-4-1(子会社等を整理する場合の損失負担等)及び9-4-2(子会社等を再建する場合の無利息貸付け等)により損失負担や無利息貸付等が損金の額となるように努めるのが一般的であったと想定されるが、業績が悪化しないうちに対応策を講じたいというようなときには、損失負担や無利息貸付等は寄附金とされることが多かったものと考えられる。
平成22年度改正後は、法人税基本通達9-4-1及び9-4-2に関してはそのまま維持されているが、法人による完全支配関係(100%の資本関係)にある法人の間における寄附金の額及び受贈益の額に関しては、それらの全額が損金不算入及び益金不算入とされ、二重課税が生じない仕組みとされている。
このため、本問のようなケースに関しては、100%子会社が倒産の危機にあるというような事情がない場合でも、100%子会社の業績の悪化を食い止めるための手法として、債権放棄による寄附を検討の俎上に載せることが可能となっている。
また、本問のようなケースに関しては、DES(Debt Equity
Swap:債務の株式化)や分社型分割による債権の移転も対応策として検討対象となり得る。
以下、1から4までにおいて、次のように、親会社が100%子会社の債権者から債権金額よりも低い時価によって買い取った債権を有している等の前提を置き、これらの税制上の取扱いについて解説を行うこととする。
1においては、平成22年度改正によって措置された完全支配関係法人間の寄附金・受贈益の損金不算入・益金不算入の取扱いが寄附金と受贈益の金額が異なる場合に適用されるのか否かという一般的な問題に通ずる問題を検討しており、また、1から4までにおいては、債権放棄、DES(非適格現物出資)、DES(適格現物出資)、分社型分割のそれぞれその処理の結果に相違が生ずることを仕訳を用いて分かり易く示しているため、寄附金と受贈益が生ずるケースや本問と類似したケースにおいて、参考として頂けるようであれば、幸いである。
なお、債権の時価については、これをどのように算出するのかという問題があるが、本稿は債権の時価の算出方法をテーマとするものではないため、債権の時価は2千万円として解説を行うことを予めお断りしておくこととする。
【前 提】
1 債権放棄
親会社P社が債権(帳簿価額1億1千万円、時価2千万円)を放棄して100%子会社S社に利益を与えるという場合には、法人税法37条(寄附金の損金不算入)の7項及び8項により寄附金の額が2千万円となり、P社において次の仕訳で示す処理を行うこととなる。
< P 社 >
寄 附 金 20 / 資 産 110
債権消滅損 90
この場合、S社においては、債務2億円が消滅することとなるため、債務消滅益2億円が発生することとなる。
< S 社 >
負 債 200 / 債務消滅益 200
この債務消滅益2億円に関しては、法人税法22条(各事業年度の所得の金額の計算)の2項の「無償による資産の譲受け」による収益の額と同種のものと考えられるため、同項の「その他の取引」による収益の額に該当し、法人税法上の益金の額となることとなる。
次に、このS社における債務消滅益2億円について、これが法人税法25条の2第2項の「受贈益の額」に該当するのか否かということが問題となる。
《参考》平成22年度改正で新たに設けられた法人税法25条の2は、「受贈益の額」の範囲について、同条2項により37条7項の「寄附金の額」の定義の内容を用いてこの「寄附金の額」を受ける側から定義しており、更に、25条の2第1項において、同項の適用を受ける「受贈益の額」を「37条7項に規定する寄附金の額に対応するものに限る」としている。
ところで、寄附金と受贈益に関しては、一方において「寄附金の額」とされない場合であっても他方においては受贈益があったものとされてその受贈益の額が益金の額とされる場合があり、また、これとは反対に、一方において「寄附金の額」とされる場合であっても他方においては資本金等の額とされて受贈益があったものとはされないというような場合もある。
また、一方において「寄附金の額」があり、他方において受贈益の額があるという場合であっても、それぞれの金額が異なるということも、当然、あり得る。
このように、法人税法37条7項の「寄附金の額」と受贈益の額が表裏の関係となるとは限らない中で、25条の2第2項において「受贈益の額」を37条7項の「寄附金の額」と表裏の関係で定義するということになっているわけであり、22条2項において受贈益の額として収益の額となるものと25条の2第2項において「受贈益の額」とされるものとが異なるという点に留意しておく必要がある。
この点に関しては、法人税法25条の2第2項及び37条7項は、「受贈益」や「寄附金」ではなく、「受贈益の額」と「寄附金の額」について、括弧書きにより限定を付していることから、法令の規定上は、金額まで「対応する」(法法25の2①、37②)関係がなければ、本問のケースにおける受贈益の額や寄附金の額は、これらの規定に定められている「受贈益の額」及び「寄附金の額」には該当しない、ということになる。そして、このように、金額まで対応する関係となっていなければならないということであれば、本問のケースにおいては、法人税法25条の2第1項及び37条2項の規定は適用されない、ということになる。
しかし、この平成22年度改正による完全支配関係法人間の寄附金・受贈益の損金不算入・益金不算入の取扱いに関しては、改正の趣旨・理由と法令の規定とに、一部、対応していない部分がある点に注意する必要がある。
立法担当者の説明によると、この取扱いは、「グループ内部の取引に関しては課税関係を生じさせないこととする全体の整理の中で、グループ内の寄附金についても、トータルとして課税関係を生じさせない」(『平成22年度
税制改正の解説』(財務省)206頁)という趣旨で設けられたものとされている。
ここで指摘されている「グループ内の寄附金」に関して、「トータルとして課税関係を生じさせない」こととするということであれば、法人税法25条の2と37条2項の規定の適用対象を、一方において「寄附金の額」が生じ、かつ、他方において「受贈益の額」が生ずる場合に限る必要はない、ということになる。
また、このように相互に対応するものに限るとされている理由については、「これは、例えば公益法人等の非収益事業に係る寄附など、課税の埒外に置かれる寄附・受贈に対応するものをこの制度の対象から除外するものです」(『平成22年度
税制改正の解説』(財務省)207頁)と説明されており、この「課税の埒外に置かれる寄附・受贈」がどのようなものを指すのかということは必ずしも明らかではないが、その文言から推測すると、単に益金の額又は損金の額とならないというようなものではなく、そもそも所得の金額の計算を行うものから外れる「寄附・受贈」を指すものと考えられる。法人税基本通達9-4-2の6(受贈益の額に対応する寄附金)において、「受贈益の額に対応するもの」に該当しないものの例が示されているが、これもこのような観点に立つものと思われる。
このように、平成22年度改正による完全支配関係法人間の寄附金・受贈益の損金不算入・益金不算入の取扱いに関しては、その改正の趣旨・理由からすると、寄附金と受贈益について金額の対応まで求める必要はない、ということになると考えられる。
以上のような事情にあるため、本問のケースに関しては、完全支配関係法人間の寄附金・受贈益の損金不算入・益金不算入の取扱いの適用があるのか否かという点に関し、明快な回答を行うことは難しいわけであるが、現実的な対応としては、完全支配関係法人間の寄附金・受贈益の損金不算入・益金不算入の取扱いの適用が認められないこともあり得るという留保を付けて、この取扱いの適用があるものとして税務申告を行う、といったことを検討してよいものと思われる。
本問のケースについて、完全支配関係法人間の寄附金・受贈益の損金不算入・益金不算入の取扱いの適用があるということになれば、P社においては、寄附金2千万円についてこれを損金不算入とし、S社において債務消滅益2億円についてこれを受贈益の額として益金不算入とする、ということになる。
また、完全支配関係法人間の寄附金・受贈益の損金不算入・益金不算入の取扱いの適用がある場合には、株主において利益積立金の増減の処理(法令9七)と株式の帳簿価額の増減の処理(法令119の3⑥)を行うこととされているため、P社においては、次のとおり、法人税法25条の2第1項の適用がある受贈益の額に相当する利益積立金2億円の増額の処理とS社株式の帳簿価額2億円の増額の処理を行うこととなる。
< P 社 >
S社株式 200 / 利益積立金 200
なお、S社が返済可能な金額の全額である2千万円をP社に返済し、P社が残った債権(帳簿価額9千万円)を放棄したという場合を考えてみると、P社には、債権消滅損9千万円のみが計上され、「寄附金の額」が発生しないこととなるが、このように、相手方法人にそもそも「寄附金の額」や「受贈益の額」がないとい場についてまで、法人税法25条の2や37条の2の規定用されるということにはならないものと考えられる。
2 DES(非適格現物出資)
親会社P社が100%子会社S社に対して有する債権を渡してS社の株式を取得するDESを行い、その後、P社がS社の株式を譲渡する予定となっている場合の取扱いがどうなるのかということを述べることとするが、この場合には、このDESは、法人税法施行令4条の3(適格組織再編成における株式の保有関係等)の10項1号に該当しないこととなり、非適格現物出資となる。
P社がS社に対して有する債権(帳簿価額1億1千万円、時価2千万円)を株式に換える非適格現物出資を行うという場合には、P社においては、法人税法施行令119条(有価証券の取得価額)の1項2号により、債権の時価2千万円を株式の取得価額とすることとなり、9千万円の債権の譲渡損が生ずることとなる。
この取引については、平成22年度改正によって措置された法人税法61条の13(完全支配関係がある法人の間の取引の損益)の対象となるのか否かということが問題となるが、この取引は、同条の適用がある「譲渡」に該当するため、一応、同条の適用があるということになるが、下記のS社の処理において説明しているとおり、P社が保有していた債権は消滅することとなるため、法人税法61条の13第1項の適用によって計上されることとなる譲渡損益調整勘定の取崩し事由について定めた法人税法施行令122条の14(完全支配関係がある法人の間の取引の損益)第4項1号イの「その他これらに類する事由」に該当し、譲渡損益調整勘定は、直ちに取り崩されることとなるため、結果的には所得計算に影響を与えないこととなる。
< P 社 >
S社株式 20 / 資 産 110
債権譲渡損 90
他方、S社においては、法人税法施行令8条(資本金等の額)の1項1号により資本金等の額を債権の時価2千万円に相当する金額だけ増加させることとなるが、自己が債務者となっている債権を取得することから混同により債権2千万円と債務2億円が消滅し、1億8千万円の債務消滅益が発生することとなる。この債務消滅益に関しては、P社において対応する「寄附金の額」が生じていないため、法人税法25条の2第1項の規定は適用されない。
< S 社 >
自己宛債権 200 / 資本金等 20
債 務 200 / 自己宛債権 20
債務消滅益 180
3 DES(適格現物出資)
親会社P社が100%子会社S社に対して有する債権(帳簿価額1億1千万円、時価2千万円)をS社に渡してS社の株式を取得するDESを行い、P社がS社の株式を継続保有する見込みとなっている場合の取扱いを述べることとする。
この場合には、P社とS社が完全支配関係にあるため、法人税法2条12号の14イにより、このDESは適格現物出資となり、62条の4第1項(適格現物出資による資産等の帳簿価額による譲渡)により、債権を帳簿価額により譲渡したものとされることになる。
P社においては、法人税法施行令119条1項7号により、債権の帳簿価額1億1千万円をS社株式の取得価額とすることとなる。
この取引に関しては、法人税法61条の13の規定の適用対象となることとなるが、法人税法施行令122条の14第2項の規定により、譲渡の対価の額が帳簿価額とされるため、61条の13の規定によって繰延べの処理をする譲渡損益は発生しないこととなる。
S社においては、法人税法施行令123条の5(適格現物出資における被現物出資法人の資産及び負債の取得価額)により、債権をP社のその債権の帳簿価額1億1千万円で取得したものとし、8条1項8号により、P社のその債権の帳簿価額と同額の資本金等の額を増加させることとなる。
ただし、S社においては、自己が債務者となっている債権を取得することから、混同により、債権1億1千万円と債務2億円が消滅することとなって、9千万円の債務消滅益が生ずることとなる。
これらの処理は、次のとおりとなる。
< P 社 >
S社株式 110 / 資 産 110
< S 社 >
自己宛債権 110 / 資本金等 110
債 務 200 / 自己宛債権 110
債務消滅益 90
4 分社型分割
本問のケースのような場合に、親会社P社が100%子会社S社に対して債権(帳簿価額1億1千万円、時価2千万円)を分割によって移転するというときは、無対価でこれらの行為を行うことが通例であり、また、その方が合理的でもあると考えられるが、平成22年度改正によって無対価組織再編成の適格判定が明確化されているため、無対価で分割を行うということであっても、課税関係の不安定性は、基本的には、無くなっている、と言ってよい。
無対価で分割を行う場合には、まず、それらが分割型分割となるのか、あるいは、分社型分割となるのかが問題となるが、これに関しては、法人税法2条12号の9と12号の10において、その法人間の資本関係によって一律に決められており、本問のケースのように、親会社P社がその100%子会社S社に分割によってその資産を移転するという場合には、同条12号の10ロにより、分社型分割となる。
次に、この分社型分割が適格か否かということが問題となるが、これに関しては、本問のケースは、法人税法施行令4条の3第6項2号ニに該当し、適格となる。
この場合には、法人税法62条の3第1項(適格分社型分割による資産等の帳簿価額による譲渡)により、債権を帳簿価額により譲渡したものとされることになる。
この分社型分割は無対価分割であるため、P社におけるS社株式の処理がどうなるのかという疑問が生ずるが、これに関しては、法人税法施行令119条の3(移動平均法の場合の有価証券の帳簿価額の算出の特例)の13項により、債権の帳簿価額1億1千万円をS社株式の帳簿価額に加算することとなる。
上記の現物出資の場合と同様に、この取引に関しては、法人税法61条の13の規定の適用対象となることとなるが、法人税法施行令122条の14第2項の規定により、譲渡の対価の額が帳簿価額とされるため、61条の13の規定によって繰延べの処理をする譲渡損益は発生しないこととなる。
S社における処理は、法人税法施行令123条の4(適格分社型分割における分割承継法人の資産及び負債の取得価額)により、P社の債権の帳簿価額によりその債権を取得したものとされ、8条1項7号により、P社の債権の帳簿価額と同額の資本金等の額を増加させることとなる。
ただし、S社においては、自己が債務者となっている債権を取得することから、混同により、債権1億1千万円と債務2億円が消滅することとなって、9千万円の債務消滅益が生ずることとなる。
これらの処理は、次のとおりとなる。
< P 社 >
S社株式 110 / 債 権 110
< S 社 >
自己宛債権 110 / 資本金等 110
債 務 200 / 自己宛債権 110
債務消滅益 90