※T&Amaster(ロータス21)2011.2.21 No.391に掲載
子会社や関係会社を吸収合併するというケースは、かなり多いわけですが、合併法人が被合併法人の株式(抱合株式)を保有している場合には、合併に際し、税制上、特殊な処理を行うこととなっており、非常に分かり難くなっています。合併法人における抱合株式の取扱いについて具体的に例を示して分かり易くご教授をお願い致します。
要 旨
合併法人が被合併法人の株式(以下、「抱合株式」という。)を保有している場合の税制上の合併の処理に関しては、平成22年度において改正が行われており、その処理自体は、従来よりも簡素なものとなっている。
しかし、この合併法人における合併の際の抱合株式の取扱いに関しては、処理が簡素なものとなったにもかかわらず、「よく分からない」といった声が少なからず聞かれる状況にある。合併法人における抱合株式の取扱いに関しては、平成13年度改正において組織再編成税制が創設された際にその基本的な考え方と処理が示され、その後、18年度改正においてその処理の一部が修正され、そして、上記のとおり22年度改正において更にその処理が修正されている。
本稿においては、まず、抱合株式を保有する合併法人の課税関係の概要を確認することとする。そして、その後に、平成13年度、18年度及び22年度の各改正を辿りながら、合併法人における抱合株式の取扱いの考え方を確認しつつ、処理の変遷について解説を行い、抱合株式の取扱いを出来るだけ分かり易く説明することとする。
1 合併法人の課税関係の概要
抱合株式を保有する合併法人の取扱いは、合併法人が抱合株式を保有していない場合の合併法人の処理に、抱合株式という株式を保有する株主としての処理を加えたものと考えてよい。
(1)被合併法人から移転を受ける資産及び負債の処理(合併法人としての処理)
合併法人が被合併法人から移転を受ける資産及び負債については、非適格合併の場合には、時価によって取得したものとし、適格合併の場合には被合併法人の帳簿価額によって引継ぎを受けたものとすることとなる。この処理は、合併法人が抱合株式を保有していたのか否かを問わないものである。
(2)みなし配当と被合併法人株式の譲渡の処理(株主としての処理)
① みなし配当
合併が非適格合併となる場合には、抱合株式を保有する合併法人においても、みなし配当が生ずることとなる。
合併が適格合併となる場合には、みなし配当が生ずることはない。
② 被合併法人の株式の譲渡
合併に際し、被合併法人の株主においては、被合併法人の株式の譲渡の処理を行うことが必要となる。
被合併法人の株主においては、合併対価として合併法人の株式以外の資産が交付される場合には、被合併法人の株式を時価によって譲渡したものとすることとなり、被合併法人の株式の譲渡利益額又は譲渡損失額が生ずることとなる。ただし、平成22年度改正により、被合併法人の株主と被合併法人とが100%の資本関係(完全支配関係)にある場合には、譲渡対価の額を譲渡原価の額とし、譲渡利益額及び譲渡損失額を発生させないこととされている。
合併対価として合併法人の株式のみが交付される場合には、被合併法人の株主においては、被合併法人の株式を帳簿価額によって譲渡したものとすることとなり、被合併法人の株式の譲渡利益額及び譲渡損失額は生じないこととなる。
抱合株式を保有していた合併法人においても、上記の被合併法人の株主における処理と同様の処理を行うこととなる。
なお、特に会社法の創設以後は、抱合株式に対しては、合併法人の株式の交付は行われていないはずであり、合併法人においては、抱合株式が消滅するものの、自己株式を保有することとはならない。
2 平成13年度改正における抱合株式の取扱いの考え方と処理
平成13年度改正において、抱合株式を保有していた合併法人がどのような処理を行うこととされていたのかということを知るために、同改正当時の解説(注)における処理を見てみることとする。当時のこの解説においては、合併法人が被合併法人の発行済株式の20%を保有し、他の株主が80%を保有しており、被合併法人の合併直前の資産の帳簿価額は800(含み益200)、負債の帳簿価額は500、被合併法人の合併直前の資本金、資本積立金及び利益積立金はいずれも100、合併法人が合併に際して計上した資本金の額は250、合併交付金は200、被合併法人の帳簿価額は700となっているという前提を置き、原則と特例に分けて仕訳1のような処理例を示している。
(注)財務省主税局税制第一課(法人税制企画室)課長補佐 朝長英樹「企業組織再編成に係る税制について」(平成13年3月23日、日本租税研究協会会員懇談会)『企業組織再編成に係る税制についての講演録集』(日本租税研究協会、63・64頁)
【仕訳1】
仕訳1の処理のうち、網掛けをしていない部分は、上記1において述べたもので、特に疑問は無いものと考えられる。以下、これらの処理のうちの網掛けをした部分を中心に解説を行うこととする。
この上段の処理は、合併法人としての処理であり、非適格合併と適格合併の場合にこのような処理となることに異論はないはずである。ただし、適格合併の処理例の貸方の「利益積立金額
100」と借方の「資本積立金額
50」に関しては、後に述べるとおり、平成22年度改正において、被合併法人から引き継がれたものであるのか、あるいは、合併法人において新たに発生したものであるのかという問題があるが、13年度改正においては、貸方の「利益積立金額
100」が被合併法人から引き継がれ、借方の「資本積立金額 50」が合併法人において新たに発生したものとしている。
中段の処理は、合併法人が被合併法人の株主として行う処理である。
中段の処理において「自己株式」と表示している部分は、他の株主においては、「合併法人株式」となることになる。この中段の処理は、合併法人の株式の交付を受ける株主と同様の課税関係とするために行うものである。改めて言うまでもないが、この「自己株式」の取得は、合併法人の株式の交付を受ける株主と同様の課税関係を認識するための擬制である。
下段の処理は、合併法人が取得したと擬制をした「自己株式」を消滅させる擬制の処理である。この「自己株式」を消滅させる際に、その相手勘定を資本積立金額としたのは、自己株式の取引を資産の取引とするのではなく資本の取引とする方向で見直すことを予定したものである。
抱合株式を保有していた合併法人は、上記の三段階の処理を経て、最終的には、仕訳2のような結果となる処理を行ったこととなる。
【仕訳2】
3 平成18年度改正における抱合株式の取扱いの処理
平成18年度改正においては、上記2の13年度改正における三段階の処理のうち、中段と下段の処理を一つにする改正が行われている。
その改正理由については、明確に説明されたものが見当たらないため、想像によるしかないが、平成18年度改正においては、会社法改正を受けて、自己株式を資産ではないとする改正が行われており、この自己株式の取得の処理と合わせたものと想定される。平成18年度改正において、自己株式の取得の処理は、従来のように、一旦、資産として取得し、その後に消却するという二段階の処理から、取得の際に直ちに資本の部の金額を減額するものに変更されている。
上記2の三段階の処理の中段と下段を一つにして二段階とした処理は、仕訳3のとおりとなる。
なお、平成18年度においては、「資本の金額」と「資本積立金額」を1つにして「資本金等の額」とする改正も行われているため、上記1の処理中の「資本金」と「資本積立金額」を「資本金等の額」に変更して表示することとする。
【仕訳3】
このように、上記2の中段と下段の処理を一体化すれば、「自己株式」が処理上から消えて、自己株式の取得の処理と同様となる。
しかし、これは、合併法人の株式の交付を受ける株主の処理とは、全く異なるものとなっている。
合併法人の株式の交付を受ける株主は、上記2の中段の処理中の「自己株式」に対応する部分が「合併法人株式」となる処理と同様の処理を行うこととなる。
上記2において説明したとおり、「自己株式」の取得の処理は、抱合株式を保有していた合併法人において、合併法人の株式の交付を受ける株主の課税関係と同様の課税関係を認識するために行う擬制であって、自己株式の取得の課税関係と同様の課税関係を認識しようとしたものではない。抱合株式の処理に関して自己株式の取得との整合性を考慮した部分は、上記2において述べたとおり、上記2の下段の「自己株式」を消滅させる処理の際にその相手勘定をどのようなものとするのかという部分であり、上記2の中段の処理は、自己株式の取得との整合性を考慮して擬制をすることとしたものではない。
もちろん、合併法人の株式の交付を受ける株主に眼を転じてみても、平成18年度正おいて、その課税関係が変更されているわけではない。
このようなの点からすると、平成18年度改正においても、従来どおりの三段階の処理を維持する選択肢があり得たものと考えられる。上記二段階の処理の下段の処理に関しては、対価の取得が認識されなくなるため、みなし配当60と被合併法人の株式の譲渡損失額660が生ずる理由を説明することは、容易ではない。
ただし、このような事情は別として、この平成18年度改正に関しては、三段階の処理が二段階の処理に変更されてはいるものの、最終的な処理の結果は上記2の三段階の処理の結果と同様となっており、実質的な内容の変更はない、という点を確認しておくことが重要である。
4 平成22年度改正における抱合株式の取扱いの処理
平成22年度改正においては、適格合併の場合に被合併法人から合併法人に引き継がれるものを利益積立金から資本金等に入れ替えること、完全支配関係(直接又は間接の100%の資本関係)にある発行法人の株式についてみなし配当が生ずる事由によってその譲渡の処理をする場合には譲渡利益額及び譲渡損失額の計上をさせないこと、そして、上記3の二段階の処理を一体化して一段階の処理とすること、という3つの改正が行われている。
合併法人と被合併法人が完全支配関係にあったという前提で、この3つの改正後の処理を示すと、仕訳4のとおりとなる。
【仕訳4】
以下、この3つの改正ごとに解説を行なうこととする。
(1)適格合併において引き継がれる金額を利益積立金から資本金等に入替え
上記のとおり、平成22年度改正により、適格合併において被合併法人から合併法人に引き継がれる金額が利益積立金から資本金等に入れ替えられている(法令8①五、9①二)。
仕訳4の適格合併の処理例における借方の「資本金等の額
500」は、被合併法人から引き継いだ資本金等200から抱合株式の帳簿価額700を減算した金額となっており、貸方の「利益積立金額
100」は、合併法人において新たに発生するとされるもので、その金額は貸借の差額となっている。
適格合併の場合の合併法人においては、益金の額も損金の額も発生しないにもかかわらず、なぜ課税済み留保利益を示す利益積立金が増減するのか、という根本的な疑問が生ずることとなるが、これは、本稿の主題である抱合株式の取扱いと直接の関係はないため、処理の結果の説明のみとする。
(2)完全支配関係にある被合併法人の株式の譲渡損益の不計上
仕訳4の処理例では、合併法人は被合併法人の発行済株式の20%を保有していたという前提となっているが、この合併法人と被合併法人が100%の資本関係にあるグループ内の法人であるということになれば、合併法人における抱合株式の譲渡損失額は発生せず、その金額に相当する資本金等の額の減少額が発生することとされている(法法61の2①・③、法令8①五・十九)。
これに関しても、抱合株式の含み損益が最終的に実現したにもかかわらず、その譲渡損益を計上させず、しかも、自己の株主から預った金額を示す資本金等の額についてその譲渡損益に相当する金額を増加させたり減少させたりすることとなるのはなぜか、という根本的な疑問が生ずることとなる。
この疑問についての是非等は措くとして、合併法人と被合併法人が100%の資本関係にあるグループ内の法人である場合には、抱合株式の譲渡利益額又は譲渡損失額に相当する部分が資本金等の額の増加額又は減少額とされることとなっているという点を確認しておく必要がある。
(3)二段階処理を一段階処理に変更
仕訳4の処理例は、すぐに分かるとおり、従来の二段階の処理を一段階の処理としたものである(法令8①五)。
上記3で述べた平成18年度の改正と同様に、この二段階の処理を一段階の処理とする改正に関しては、その理由が明確に説明されているものが見当たらないため、その改正の事実を確認する以上のことはできないわけであるが、22年度改正において二段階の処理を一段階の処理に改正しなければならない特段の理由が発生したという事情はないと考えられるため、従来どおりの処理を維持する選択肢があり得たものと考えられる。
換言すれば、この二段階の処理を一段階の処理に変更するという改正に関しては、平成18年度改正の場合と同様に、実質的な内容の変更はない、と考えられる。
5 平成22年度改正による抱合株式の取扱いの処理の分析
上記4(1)及び(2)の処理を行なわないものとした上で、平成22年度改正後の処理を示してみると、仕訳5のとおりとなる。
【仕訳5】
これらは、いずれも平成13年度及び18年度の処理の結果と同様である。
要するに、平成22年度改正は、13年度改正の三段階処理に上記4(1)及び(2)を重ねて1つに纏めたものとなっているわけである。
平成22年度改正においては、13年度改正の三段階処理に上記4(1)を重ねた結果、適格合併の処理において、被合併法人から引き継がれる金額が利益積立金から資本金等に入れ替わり、合併法人において発生する金額が資本金等から利益積立金に入れ替わっている。適格合併は、本来、被合併法人の課税関係を合併法人に引き継がせようとするものであるため、適格合併において合併法人に被合併法人の課税済み留保の金額を示す利益積立金が引き継がれないことを合理的に説明することは容易ではないと考えられるが、その説明の如何は別として、平成22年度改正後の状態を正しく理解するということになると、このような状態と整理することができる。
また、平成13年度の改正の三段階処理に上記4(2)を重ねた結果、非適格合併の処理において被合併法人の株式の譲渡損660が資本金等660の減少額に振り替えられていることが分かる。これに関しても、上記4(2)において述べたとおり、その合理的な説明は容易ではないと考えられるが、平成22年度改正後の状態は、そのような結果となっている。
平成22年度の抱合株式に関する改正後の取扱いは、このように分析して捉えることで、その内容を的確に理解することが可能となる。