Q&A

組織再編税制

 

合併に伴う新社名等の制作に係る費用の取扱い

※T&Amaster(ロータス21)2012.11.19  No.475に掲載

 当社は、来年度中にA社を被合併法人とする合併を行うことを予定しており、既にプレスリリースを終えていますが、まだ、合併後の新会社の名前や新たなロゴマークが決まっていません。


 このため、近々、新社名と新ロゴマークの制作を第三者であるB社に依頼し、合併後の使用に備えたいと思っていますが、これらの制作費用は、数百万円となる見込みであり、当社とA社の双方で合理的に区分して負担することとしています。


 これらの制作費用の税務処理に関して、A社の監査法人・税理士法人からは、「社名変更費用に資産性はなく、企業会計上、債務確定時点で費用処理する」「本件はコンサル費用であり、無形資産にも繰延資産にも該当しない」「企業結合会計基準に照らした場合でも、新社名の変更は合併に必須のものではないため、通常の社名変更費用ということになり、債務確定時(サービス受領時)の費用処理が妥当」ということで、合併前の当社とA社の事業年度で損金算入するべきである、との意見を得ています。A社の監査法人・税理士法人によると、「他社の通常の社名変更も合併に伴う社名変更も債務確定基準によってサービス受領時に損金算入している」とのことです。


 しかし、常識的に考えて、新社名や新ロゴマークの使用前に、これらの制作費用を損金算入することはできないのではないか、と感じています。


 これらの制作費用の正しい税制上の取扱いについて、ご教授をお願い致します。

 

要 旨

【マエストロの解説】

 

 ご懸念のとおり、新社名や新ロゴマークの制作費用は、合併の日の属する事業年度前の事業年度において損金算入することはできない。

 

 A社の「監査法人・税理士法人」の意見が企業会計上の取扱いと法人税法上の取扱いの双方に関するものであるのか、あるいは、法人税法上の取扱いのみに関するものであるのかということが文面からは明らかでないが、中小企業に該当しないと想定される貴社とA社に適用される企業会計基準には「債務確定基準」というものは存在しないはずであり、以下、A社の「監査法人・税理士法人」の意見は税法解釈としてA社及び貴社に対して示された、という理解の下に、税法解釈に関して見解を述べることとする。

 

1 通常の社名等の変更に伴う費用の取扱い

 社名を変更したり、ロゴマークを変更するといったことは、合併の場合に限らず、行われることであり、特にCI(Corporate Identity)戦略の一環として行われることも少なくない。

 

 このように、社名やロゴマークを新しく作るという場合には、デザイン会社に制作を依頼してデザイン料を支払うケースが多くなるものと思われる。

 

 まず、合併が行われない通常の社名やロゴマークの変更の費用の処理がどのように取り扱われるのか、ということを確認しておくこととする。

 

 (1) 社名等の商標登録を行う場合

 

 新社名や新ロゴマークを作成した場合には、それらが他の者に利用されないように、商標登録を行うことが少なくない。特に、大企業の場合には、それらの殆どが商標登録をされることになるものと思われる。

 

 このように、商標登録を行った場合には、それらの制作費用は、法人税法2条23号(減価償却資産の定義)の「減価償却資産」の範囲について定めた法人税法施行令13条8号チ(減価償却資産の範囲)の無形固定資産の中の「商標権」の取得価額となる。

 

 「(減価償却資産の範囲)

 第13条 法第2条第23号(減価償却資産の意義)に規定する政令で定める資産は、棚卸資産、有価証券及び繰延資産以外の資産のうち次に掲げるもの(事業の用に供していないもの及び時の経過によりその価値の減少しないものを除く。)とする。

 一~七 省略

 八 次に掲げる無形固定資産

  イ~ト 省略

  チ 商標権

  リ~ツ 省略

 九 省略」

 

 この商標権は、耐用年数を10年(耐用年数省令別表第3)として損金経理額の範囲内で減価償却費を損金算入することとなる。

 

 ただし、上記引用にあるとおり、法人税法施行令13条の括弧書きにおいて「事業の用に供していないもの(省略)を除く」とされているため、まだ商標権を事業の用に供していないということであれば、その商標権は法人税法2条23号の「減価償却資産」には該当しない、ということになり、減価償却費の損金算入を行うことはできない。

 

 (2) 社名等の商標登録を行わない場合

 

 新社名や新ロゴマークの商標登録を行わない場合には、それらの制作費用は、法人税法2条24号(繰延資産の定義)の「繰延資産」の範囲に関して定めた法人税法施行令14条1項3号(繰延資産の範囲)の「開発費(新たな技術若しくは新たな経営組織の採用、資源の開発又は市場の開拓のために特別に支出する費用をいう。)」として取り扱われることとなる。

 

 「(繰延資産の範囲)

 第14条 法第2条第24号(繰延資産の意義)に規定する政令で定める費用は、法人が支出する費用(資産の取得に要した金額とされるべき費用及び前払費用を除く。)のうち次に掲げるものとする。

 一・二 省略

 三 開発費(新たな技術若しくは新たな経営組織の採用、資源の開発又は市場の開拓のために特別に支出する費用をいう。)

 四・五 省略

 六 前各号に掲げるもののほか、次に掲げる費用で支出の効果がその支出の日以後1年以上に及ぶもの

 イ~ニ 省略

 ホ イからニまでに掲げる費用のほか、自己が便益を受けるために支出する費用」

 

 社名やロゴマークを新しくするために支出する費用は、厳密に言えば、法人税法施行令14条1項6号ホの「自己が便益を受けるために支出する費用」で「支出の効果がその支出の日以後1年以上に及ぶもの」(同号)に該当するのではないかという疑問がないわけではないが、従来から、繰延資産の償却限度額に関して定めた法人税法施行令64条1項1号(繰延資産の償却限度額)によって任意償却が認められている「開発費」として取り扱われてきた。

 

 これは、社名やロゴマークを新しくするために支出する費用が法人税法施行令14条1項3号の「市場の開拓のために特別に支出する費用」に含まれると解する余地があるという判断によるものと思われるが、取扱いを緩和する解釈として、受容されるものと考える。

 

 本件の場合には、「開発費」の償却費の損金算入が可能となる時期がいつかということも、問題となるため、この時期に関しても確認を行っておくこととする。

 

 これは、繰延資産の償却費の損金算入の開始時期がいつかという問題でもある。

 

 繰延資産は、減価償却資産とは異なり、未払計上によって租税回避を行う懸念があること等を考慮して、基本的には、「支出」時以後に償却費の損金算入を認めることとされている。

 

 一部には、この点を誤解し、繰延資産は、事業供用の開始前や支出の効果の発生前であっても、「支出」さえすれば直ちに償却費を損金算入することができる、といった見解を述べるものも見受けられる。

 

 しかし、これに関しては、上記引用のとおり、法人税法施行令14条1項の「法人が支出する費用」に関しては、減価償却資産の場合とは異なり、括弧書きにより「前払費用を除く」とされている点に留意する必要がある。

 

 また、法人税基本通達において、繰延資産の償却費の損金算入時期に関して解釈を述べたものは、8-3-4(長期分割払の負担金の損金算入)と8-3-5(固定資産を利用するための繰延資産の償却の開始の時期)となっているが、これらの通達においては、それぞれ「施設の工事の着工後」と「固定資産の建設等に着手した時」から償却費の損金算入を認めることを明らかにしており、それらの前に費用の「支出」を行っても償却費を損金算入することができない、という解釈が採られていることを確認することができる。

 

 なお、この法人税基本通達8-3-4は、公共的施設の設置等に係る負担金の支払いが長期分割払となる場合の特例として支出の効果が生ずる前に償却を開始することを認めたものであり、同8-3-5は、固定資産を利用するために支出する費用が当該負担金と同じ事情にあると認められるために定められたものであって、そのような特別の事情がない開発費のようなケースにおいては、支出の効果が生ずる前に償却の開始を認めるといったこととはならない、という点を確認しておくこととする。

 

<参考> 消費税における取扱い

 

 消費税法上、上記の新社名や新ロゴマークの制作費用がいつの時期の課税仕入れとなるのかということも問題となるが、消費税法上は、法人税法の場合のように所得金額の計算上の償却費の損金算入時期を問題とすることとはならないため、貴社及びA社と制作費用の支出先との間の取引が「課税仕入れ」(消法2①十二)に該当することとなる時期に課税仕入れとして仕入税額控除を行うこととなる。

 

 このため、消費税において仕入税額控除が行われる時期が法人税において損金算入される時期よりも早くなる可能性が高い。

 

 この消費税における仕入税額控除の時期に関しては、下記に述べる合併の場合も、同様である。

 

2 合併に伴って発生する社名等の変更費用の取扱い

 

 合併に伴って社名やロゴマークを新たに作成する場合のその制作費用の法人税法上の取扱いも、基本的には、上記1の場合の取扱いと同様である。

 

 合併の場合が上記1の場合と異なることとなるのは、新社名や新ロゴマークの制作費用を支払う法人が合併法人と被合併法人の二つの法人となるという点である。このように、新社名や新ロゴマークの制作費用を支払う法人が異なるということは、新社名や新ロゴマークの制作費用をいずれの法人が負担するべきかということが問題となる、ということを意味している。

 

 本件においては、この点に関する質問は行われていないが、実務においては、この問題にも留意する必要がある。

 

 本件における取扱いを改めて確認しておくと、合併に伴って社名やロゴマークを新たに作成する場合のその制作費用は、減価償却資産である「商標権」又は繰延資産である「開発費」となり、貴社の合併の日の属する事業年度以後の各事業年度において損金経理額の範囲内で償却費の額が損金の額となる、ということである。

 

 なお、これは、新社名や新ロゴマークの制作費用を貴社が合併の日以後に支出するべきであるということを意味するわけではなく、また、これらの費用の一部をA社が負担した場合に寄附金=受贈益といった認定が行われるということを意味するわけでもない、ということを確認しておくこととする。

 

3 「債務確定基準」について

 

 法人税法22条3項2号(損金の額に算入する金額)においては、各事業年度の所得の金額の計算において損金の額に算入するべき金額として、次の金額が掲げられている。

 

「二 前号〔原価の額。引用者注〕に掲げるもののほか、当該事業年度の販売費、一般管理費その他の費用(償却費以外の費用で当該事業年度終了の日までに債務の確定しないものを除く。)の額」

 

 この法人税法22条3項2号の括弧書きにおいては、「債務の確定しないもの」が除かれており、債務の確定したものだけを損金とするものとされているが、これは、周知のとおり、「債務確定基準」と呼ばれている。

 

 法人税基本通達においては、この債務確定基準に関して、次のように示されている。

 

(債務の確定の判定)

 

2-2-12  法第22条第3項第2号《損金の額に算入される販売費等》の償却費以外の費用で当該事業年度終了の日までに債務が確定しているものとは、別に定めるものを除き、次に掲げる要件のすべてに該当するものとする。

 

 (1) 当該事業年度終了の日までに当該費用に係る債務が成立していること。

 (2) 当該事業年度終了の日までに当該債務に基づいて具体的な給付をすべき原因となる事実が発生していること。

 (3) 当該事業年度終了の日までにその金額を合理的に算定することができるものであること。」

 

 本件に関しては、まず、上記引用のとおり、法人税法22条3項2号の括弧書きと法人税基本通達2-2-12の本文において、「償却費」が債務確定基準の対象から除かれている、ということを確認しておく必要がある。

 

 本件の新社名や新ロゴマークの制作費用の取扱いは、そもそも債務確定基準の問題として論ずるものではないわけである。

 

 また、この債務確定基準は法人税法が特に認める場合を除いて引当金や見越費用等の計上を認めない趣旨で設けられているものである、ということにも留意する必要がある。

 

 すなわち、企業会計においては、発生主義や費用収益対応の原則によって費用が早期に計上されることがあるため、これを法人税法の独自の観点から制限して損金の早期計上が行われないようにするべく、債務確定基準が設けられているわけである。

 

最後に

 

 「商標権」や「開発費」の概念が法人税法に固有のものではないことは、改めて言うまでもない。また、貴社及びA社が新社名及び新ロゴマークに価値があると判断して数百万円の対価を支払うことも、事実である。

 

 このため、本件に関しては、会社法及び企業会計上、新社名や新ロゴマークの制作費用が無形固定資産とされている「商標権」や繰延資産とされている「開発費」とならないのか、「商標権」や「開発費」となる場合にはその償却費はどのように計上するのか、という点に関する検討を避けて通ることはできないはずである。そして、これらの制作費用が「商標権」や「開発費」とはならないことが確認された場合には、その後に、これらの「費用」の計上時期はいつかということが検討されることとなるはずである。本件に関しては、会社法及び企業会計上の取扱いに関して再確認をする方がよい、と考えられる。

 

 また、合併等の組織再編成を行った場合の税務処理に関しては、合併法人等と被合併法人等の税務処理の不整合が税務調査において税務否認の端緒となるということが珍しくないため、新社名や新ロゴマークの制作費用の両社における取扱いを含めて、正しくかつ整合性のある税務処理を行う、ということに留意する必要がある。