朝長 英樹【編著】
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は し が き
本年(平成26年) 3 月18日に、東京地方裁判所で、いわゆるヤフー事件とIDCF事件について、国側の全面勝訴の判決が出されました。
これら二つの事件は、法人税法132条の 2(組織再編成に係る行為又は計算の否認)の適用が初めて司法の場で争われたものですが、それだけに止まらず、近年の法人税制改正の中で最も重要な改正項目となっている組織再編成税制に関するものであり、かつ、税務の中で最も分かり難い領域である「租税回避」に関するものでもあるため、我が国の税務争訟の歴史の中でも、一際、注目を集める事件となっていることは、間違いありません。
本書は、平成13年度税制改正において法人税法132条の 2 を含む組織再編成税制の立法を担当した者として、また、これらの二つの事件において国側に立って助言と鑑定意見書の作成を行った者として、これらの事件を中心に、組織再編成における租税回避について考察を行うものです。
本書においては、まず、組織再編成に係る行為又は計算の否認の規定である法人税法132条の 2 の概要を確認し、その後に、これらの二つの事件を取り上げ、判決文を確認し、その検証を行っています。
ただし、法人税法132条の 2 の内容について判決文から確認することが できることは一部に止まることから、本書においては、読者の皆様方に同 条をなお一層広く知って頂くことができるように、筆者が国側に立って作成した鑑定意見書 3 通を掲載し、更に、同条に関する座談会の雑誌記事(T&Amaster誌No.449・450・451掲載分)も掲載しています。
これらの二つの事件の第一審判決は、法人税法132条の 2 の創設の趣旨・目的を正しく踏まえて下されたものであり、非常に的確な判断がなされていると考えていますが、その内容は「「経済合理性」「事業目的」「事業上の理由」などがありさえすれば租税回避とされることはない」というような見解を根底から覆すものとなっていると言っても過言ではありません。
このように、これらの判決は、従来の組織再編成の実務と理論に警鐘を鳴らすものとなっており、組織再編成の実務を行う場合には、該当法令の規定と同様に、熟知しておくことが不可欠である、と考えられます。
ただし、これらの事件に関しては、本書起稿日の時点で、原告が東京高等裁判所に控訴している状態にあり、未だ確定していないことから、今後の裁判の行方に、十分に注意しておく必要があります。
* *
組織再編成税制は、平成13年度税制改正において創設することとなったわけですが、平成14年度税制改正において連結納税制度の創設を控えていたことから、明治32年に法人税が創設されて以来の資本等取引・組織再編成に関する抜本改正であったにもかかわらず、立法者として、納得できるところまで解説を行うことができなかったという思いが残っていたというのが偽らざるところですが、本書を著すことができたことで、少なくとも、法人税法132条の 2 の部分に関しては、肩の荷を下ろすことができたように感じています。
最後に、本書の出版に当たり、ご助力を賜わった清文社の東海林良氏にお礼を申し上げるとともに、長年にわたって筆者の我儘を寛大に受け容れてくれた家族にお礼とお詫びをさせて頂くこととします。
平成26年5月
日本税制研究所 代表理事
税理士 朝長 英樹
目 次 包括否認訴訟をめぐる考察
組織再編成をめぐる包括否認と税務訴訟
はしがき
第 1 部 組織再編成に係る行為計算否認規定の概要
はじめに 3
組織再編成税制は我が国の企業のニーズを捉えて創設したもの 3
我が国の法人に求められる税制を商法・企業会計とはかかわりなく速やかに創
設 4
「協力して良いものを創る」という観点に立って創設 6
組織再編成税制は我が国の企業経営を大きく変えた 8
税制の仕組みを見直すことで経済を活性化することができる 10
現在の我が国には「知財取引促進税制」が必要 11
組織再編成税制の趣旨・目的 12
1 組織再編成に係る行為計算否認規定を創設した理由──────14
組織再編成を利用した租税回避には132条では対応できない 14
経済合理性のない組織再編成を行ったものだけを否認するのであれば 132条の
2 は設けられない 15
組織再編成においては他の者の行為の如何によって 当該法人の税負担が減少す
ることがある 16
組織再編成においては多くの個別制度の濫用や潜脱による 租税回避が行われる
ことがある 17
132条の 2 はタックス・プランニングによる「スキーム物」の租税回避への対応
が大部分 19
2 組織再編成に係る行為計算否認規定の基本的な考え方と仕組み─21
(1) 基本的な考え方 21
132条の 2 は組織再編成における租税回避を包括的に防止するもの 21
132条の延長で132条の 2 を捉えてはいけない 23
132条の 2 の解釈はその創設の理由を 理解することから始める必要がある 24
解釈の場面で立法論を持ち出すのは誤り 25
(2) 基本的な仕組み 26
132条の 2 は更正又は決定の場合にのみ用いることができる? 26
「その法人」は組織再編成に関係する複数の法人を指す 28
「行為又は計算」は限定的に解釈するべきものではない 30
正常な「行為又は計算」に引き直して課税を行うとは限らない 30
組織再編成に伴って生ずる所得の減少等があるものに適用される 31
「不当」は個別制度の趣旨・目的を考慮して判断する必要あり 32
132条の「不当」の解釈をそのまま代置することはできない 36
132条の 2 の適用対象法人は組織再編成に関係する全ての法人 37
3 組織再編成に係る行為計算否認規定の適用を想定したケース──39
欠損金・含み損を利用する租税回避 40
組織再編成の多段階利用等による租税回避 43
税額控除枠・実績率等を利用する租税回避 45
株価対策の租税回避 45
第 2 部 公判資料:ヤフー・IDCF事件一審判決
資料 1 :東京地方裁判所平成23年(行ウ)第228号 法人税更正処分取消請求
事件(平成26年3月18日判決)─────────49
資料 2 :東京地方裁判所 平成23年(行ウ)第698号 法人税更正処分等取消請求
事件、平成24年(行ウ)第438号 法人税更正処分等取消請求事件、
平成25年(行ウ)第311号 法人税更正処分等取消請求事件
(平成26年3月18日判決)────162
第 3 部 ヤフー・IDCF事件一審判決の検証
はじめに 277
先に依頼があった国側に立った 277
国、納税者・弁護士、裁判所のいずれも相当に力を込めて臨んだ 279
判決の影響は非常に大きい 281
1 ヤフー事件一審判決の検証──────────────── 283
(1) ヤフー事件の概要 283
(2) 原告・被告の主張と裁判所の判断の概要 286
原告(納税者)側は132条の解釈と同じように 解釈するべきであると主張 286
被告(国)側は132条の 2 の創設の趣旨・目的を踏まえて 解釈するべきである
と主張 287
裁判所は被告(国)の主張を全面的に採用した 287
(3) 争 点 287
① 法人税法132条の 2 の意義(争点 1 ) 288
イ 組織再編成税制の基本的な考え方 288
ロ 組織再編成税制の概要 293
「移転資産に対する支配の継続の有無」 293
みなし共同事業要件 294
132条の 2 の概要 295
ハ 不当性要件の解釈 296
ニ 「その法人の行為又は計算」の意義について 298
② 法人税法施行令112条 7 項 5 号の要件を充足する本件副社長就任について、
132条の2の規定に基づき否認することができるか否か(争点 2) 299
イ 法人税法57条 2 項及び 3 項の趣旨 299
ロ 法人税法施行令112条 7 項 5 号の趣旨 300
ハ 法人税法施行令112条 7 項 5 号に係る法人税法132条の 2 の適用の
在り方 306
ニ 本件の組織再編成における不当性要件の充足の有無について 308
ホ 本件副社長就任が否認の対象となる行為か否か 315
1 IDCF事件一審判決の検証 ──────────────── 316
(1) IDCF事件の概要 316
(2) IDCF事件の判決の検証 319
第 4 部 公判資料:ヤフー・IDCF事件の鑑定意見書
「東京地裁平成23年(行ウ)第228号 法人税更正処分取消請求事件」
資料 1 :鑑定意見書(平成23年10月28日)─────────── 325
第 1 はじめに 329
第 2 関係法令の解釈 329
1 法人税法施行令112条 7 項 5 号の解釈 329
⑴ 法人税法施行令112条 7 項の概要 329
⑵ 1 号及び 2 号から 4 号までの解釈 336
⑶ 5 号の解釈 338
① 「特定役員」 338
② 「特定役員」の就任時期 339
③ 「特定役員」の在任期間 340
2 法人税法132条の 2 の「その法人の行為又は計算」の解釈 346
⑴ 法人税法132条の 2 の概要 346
⑵ 「その法人の行為又は計算」の解釈 348
① 「その法人」 348
② 「行為又は計算」 353
第 3 副社長就任行為に対する法人税法132条の 2 の適用 355
第 4 結び 356
「東京地裁平成23年(行ウ)第698号 法人税更正処分等取消請求事件」
資料 2 :鑑定意見書(平成24年 5 月14日)─────────── 358
第 1 はじめに 364
第 2 完全支配関係継続要件における「継続することが見込まれている」の解釈
365
第 3 法人税法第132条の2の解釈 370
1 法人税法第132条の2の創設の背景と創設趣旨 370
⑴ 創設の背景 370
⑵ 創設趣旨 376
2 法人税法第132条の2の「その法人の行為又は計算」の解釈 389
⑴ 「その法人」 390
⑵ 「行為又は計算」 396
⑶ 「その法人に係る法人税の課税標準若しくは欠損金額又は法人税の額」
の中の「その法人」の解釈 400
3 法人税法第132条の2の「法人税の負担を不当に減少させる」の解釈 401
⑴ 「法人税の負担を不当に減少させる」という文言の解釈のあり方の確認
401
① 同じ法令の中の同じ文言の解釈のあり方 401
② 法人税法第132条第1項と第132条の2の創設の背景等 403
イ 創設・改正の背景 403
ロ 趣旨・目的 406
ハ 条文の構造 407
③ 「法人税の負担を不当に減少させる」という文言の解釈のあり方 409
⑵ 「法人税の負担を不当に減少させる」の解釈 415
① 法人税法における「不確定概念」の位置付け 415
② 「不当」の意味 417
第 4 「適格外し」への法人税法第132条の2の適用 421
「東京地裁平成23年(行ウ)第228号 法人税更正処分取消請求事件」
資料 3 :鑑定意見書(補充意見書)(平成24年 7 月12日)───── 424
第 1 はじめに 429
第 2 法人税法第132条の2の解釈 429
1 立法過程において法人税法第132条の2の規定を適用するものと考えられて
いた「租税回避」 430
⑴ 政府税制調査会法人課税小委員会の検討の結論 430
⑵ 立法過程において典型的な「租税回避」と考えられていたケース 433
① 質疑応答事例中の典型的な「租税回避」のケース 433
②『平成13年 改正税法のすべて』の中の典型的な「租税回避」のケース
434
⑶ 立法過程において「租税回避」と考えられていたその他のケース 435
2 法人税法第132条の2の規定を適用する「租税回避」の特徴 436
⑴ 個別制度の濫用・潜脱 436
⑵ 複数の関係者の関与 438
3 法人税法第132条の2の規定の特徴 438
⑴ 個別制度の趣旨・目的の考慮 439
⑵「不当」という用語を本来の意味で使用 442
第 3 本件の全体像 444
第 4 第151回国会衆議院財務金融委員会における尾原主税局長答弁及び国税庁
の照会回答事例 447
1 第151回国会衆議院財務金融委員会における尾原主税局長答弁 447
⑴ 質問と答弁 448
⑵「仮装的」という用語の意味 449
⑶ 原告が主張する「「仮装的」「名目的」「形だけ」「名前だけ」」の指
すもの 451
⑷ 尾原主税局長答弁の経緯と意図 452
2 国税庁の照会回答事例 453
⑴「特定役員引継ぎ要件」に関する照会回答事例 454
⑵ 就任期間が「極端に短期間」であるものの取扱い 455
⑶ 例示以外の否認のケースの存在 455
第 5 原告の主張に対する見解 456
1 税法の解釈の基本姿勢について 456
2 我が国の組織再編成税制の基礎理論等について 459
3 特定役員引継要件について 460
⑴ 「特定役員」について 460
⑵ 特定役員の特定資本関係発生前の在任期間について 463
4 法人税法132条の2について 464
⑴ 企業経営上の判断と税務上の租税回避の判断について 464
⑵ 「法人税の負担を不当に減少させる」の解釈について 466
⑶ 「租税回避」の判断基準─個別制度の濫用・潜脱─について 469
⑷ 「租税回避」の判断基準>─不自然・不合理─について 471
第 6 組織再編成税制の企画・立案者としての所見 472
第 5 部 座談会:組織再編成税制の立案担当者 ×
トップ法律事務所タックスロイヤー
組織再編成税制を巡る否認が相次ぐ中、今明かされる「行為計算否認規定(法人税
法132条の 2 )の創設の経緯・目的と解釈」
パートⅠ:組織再編成税制の企画・立案まで────────── 480
平成12年の金融取引税制の改正が近年の法人税制改革の出発点に 480
平成12年における株主の取扱いの改正は組織再編成税制への布石 482
日本の企業の実態に合った税制をゼロから 483
税法が会社法・企業会計に先行 486
「グループ」が組織再編成税制構築のキーワードに 487
ルールが明確でなければプレーヤーは増えない 488
「通達行政」からの脱却 489
租税回避への懸念 490
パートⅡ:法人税法132条の 2 の解釈 ──────────── 492
慎重に企画立案・審査が行われた132条の2 492
アメリカの制度とは共通点もあるが基本的には“別のもの” 493
座談会(2) ──────────────────────── 496
法人税法132条 1 項と132条の2は重畳的に位相の異なる関係 496
132条の 2による否認に対し、個別規定の文理解釈を求めるのは見当違い 499
組織再編成税制の濫用の拡大 500
「事業目的があれば租税回避には該当しない」は間違い 502
「不自然」、「不合理」は、税を減少させようとする 意図がないことを前提に
判断 503
132条の 2 の主眼は組織再編成税制の仕組みを利用した租税回避防止 504
132条の 2 の対象法人は組織再編成に関係する法人のすべて 505
132条の 2 の「行為又は計算」は主に組織再編成の際のさまざまな行為や計算を
指す 506
132条の 2 は132条 3 項の対応調整を含むもの 506
パート Ⅲ :132条の 2 の適用のおそれがある事例 ─────── 508
判決次第で、非適格分割や非適格現物出資が急増する可能性 508
期限切れ前の欠損金の活用を旨とする組織再編成は、裁判の結果待ち 509
座談会(3・了) ────────────────────── 512
追徴課税負担の取り決めと「第三者間取引」 512
繰越欠損金の取引は組織再編成の本体取引そのものではない 514
パート Ⅳ :企業に求められる対応 ────────────── 516
132条の 2 を巡る税務訴訟の意義 516
仮装隠ぺいよりも租税回避を問題にする時代に 517
石橋を叩いても渡らないくらいの備えをせざるを得ない 519